シュラドの街11
「大回復薬ってあるんですか?」
「ありますよ。この場には置いていませんが、大回復薬は一種類です。それなら、斬り落とされた腕も普通に対応できますし、内蔵が壊れていても、時間をかければ治ります。体を安静にして休ませて下さいね」
「ダンジョンの回復薬って、それより上なんですね」
「ダンジョンから出た薬は全て、S薬と呼ばれ、人の手で作られたものとは別物として扱われています。ルイさんが買うと決めたのは大回復Sです」
「そうなんだ。じゃあ、買っていない大回復薬を三つ下さい」
どうせ買うのなら、様々な回復薬が欲しいルイは、好きなものを適当に選ぶ。
相手が何を望んで、店に来たのか分かった店員は、さらに説明する事にした。
「薬を専門に作る人を薬法士と言います。薬法士にも良い悪いがありますから、買うのなら、きちんとしたお店で買った方がいいです。お抱えの薬法士がいますから、品質が保証されていますよ」
「この店は説明もしてくれるし、良い店ですね」
「ありがとうございます。露天で売っている薬には注意して下さい。街で長年売っている露天ではなく、許可のない、直ぐに消える露店もありますから、確認した方がいいですよ。では、大回復薬は一つ金貨三十枚になりますから、三つだと金貨九十枚です」
「えっと、金貨が百枚と九十枚。それと十八を足して、二百八枚。銀貨が・・」
「銀貨は二枚と銅貨一枚です。二百八万二千百カイルになります」
「ありがとう。どこに出せばいいのかしら?」
「カウンターに来てもらえますか?」
ルイは店員の後をついて行く。
カウンターの引き出しから、収納袋を取り出して、店員は置いた。
「この中に、お願いします」
「あー!これって見た事ある。勝手にお金の計算をしてくれるのよね」
「ええ、そうです。金貨は重いですし、数も多くなれば数えるのも大変ですから、ダンジョンから出た、特殊な収納袋を使っているんですよ」
「ダンジョンって色んなものが出るのねぇ。じゃあ、今から収納魔法を使って入れるわね」
「収納魔法ですか。それは羨ましい。私も使ってみたいですね」
店員はルイが金貨を入れるのを珍しそうに見ていた。何もない空間から、金貨が出て入っていく。
そしてぴったりと金額通りに止まった。
「これで全部ね」
「ええ、しっかりと支払がすみました」
店員は奥に行って、しばらくすると品物を持ってくる。カウンターに置くと説明をしてからルイに渡された。
その時、ルイは気づく。
「あ、籠の中身と流汚薬買うの忘れてる・・自分用の回復薬と解毒薬も」
ルイは店員に謝りながら、それらを買う。かなりの費用がかかったが、問題はなかった。
「もう、忘れ物はないわよね」
他の客が来ないか、気にしながら考える。
店員の女性は静かに待っていた。
「他に冒険者が必要な薬はあるかしら?」
話を振られた店員は考える。
「そうですね。外傷の薬だけでなく飲む薬がありまして、お腹を下した時の薬や、熱さましの薬なども売れますね。生ものを食べた時には、虫下しの薬もあります」
「回復薬で治らないんだ」
「体内なので、一度、体を裂いてから使えば効くものもあります」
「ひえっ」
店員の言いようにルイは怯えた。
「S薬なら体を裂かなくても大丈夫ですが、値段が高く、数も少なくて・・」
困りますね、とでも言うように店員が表情を変えると、そうだねぇ、とルイも頷いた。
そんなルイに店員は聞く。
「お客様は山奥出身か何かですか?」
「えっと、その反対で、島の奥の海辺出身かな」
「ああ、それで知らないんですね」
「回復薬がなくて・・独自で作った薬を使っていたのよ」
ルイは思い付いた事を適当に答える。神様が作った設定なのだから、これであっているだろう、と思っていた。
「それが良くて新たな発見になった場合もありますから、自信なさげに言わなくても大丈夫ですよ」
「でも、民間療法って怖くない?魚の骨とかすりつぶして、他の乾燥した草を混ぜたりして使うの」
「そうなんですね。詳しく知りたいですが、無理そうですね」
「私、薬法士じゃないからごめんね」
そう言って、ルイは困ったように笑った。
「飲む薬も買うからお願い。そう言えば聞いてなかったけど、この薬達って、どれぐらいの期間持つの?」
「魔法効果のある瓶に入っていますから、半年は余裕でもちますよ」
「瓶自体は安いのね。銅貨一枚のものでも瓶に入っているでしょ?一本いくらするの?」
「実を言いますと、ここにある小回復Cには利益はありません」
「そうなの!?」
「ええ、魔法効果のある瓶を使っていますから、値段も露店で売っているものよりも高くなっているんです。だから値段をこれ以上高く出来ませんし、利益がでるのは、その上の回復薬からですね。
使い終わった瓶は、小銅貨二枚で買い取りしてますから、ぜひ持って来て下さいね」
「分かりました」
「それが面倒なら、小銭を稼いでいる、袋を持った子供達がそこら辺にいますから、その子供達に渡してあげてもいいですよ。きっと喜びます」
「それなら、そうするわ。教えてくれてありがとう」
それから全ての買い物が終わると、ルイは店員に感謝した後、店から出る。いいものが買えて満足できた。
「さてと、これから冒険者ギルドに行って、薬を渡してきますか」
ーーーー
来た道を戻っていると、買いに来た人とすれ違う。
服装は魔法使いを連想させるが、腰には刃物を装備している。鈍器のような杖を持っている手首は太かった。
そんな人達とすれ違いながら、ルイは一人で歩く。元いた世界も、昔は武器を持っていたのかな、と考えていた。
離れた場所から怒鳴り声がする。
路地から出て、その方向を見てみると、掴み合いの喧嘩を始めた所だった。
「うわっ」
ルイは直ぐに木の影に隠れて、こちらに来ないか観察する。
見ていると、近場にあった店や民家から人が集まってきて、強引に喧嘩に割って入っていた。
体格の良い、男性や女性が何人も集まって、引き剥がしている。その最中、殴ったり蹴ったりしていたが、やられた者達は大人しくなっていた。
喧嘩をしていたのは四人で、止める為に集まった人達は、三十人を越えている。
鍋やら、まな板などを持った人間もいて、一種異様な光景だった。
憲兵は来る様子もなく、集まった人達は、喧嘩をしていた人達を囲み、叱っている。それに懲りたのか、叱られた方は謝って帰って行った。
そうすると何事もなかったかのように、皆は解散する。
「治安が悪くないって、こういう・・凄いわ」
腰に剣を装備しているのに、それを諸共せず、普通に止めに入っている。もう少し剣を気にして、とルイは思ってしまった。
お店の男性は丸太のような腕をしている。まな板の上に、肉切り包丁を振り下ろした。
ダンッ、ダンッ、と外まで音が響く。
隠れていたルイは、少し緊張しながら出てくると、周りを気にしながら歩く。もう喧嘩はないわよね?と確かめていた。
先では、油で揚げた小さな団子みたいなものを、売っている店がある。
肉屋の前を通るのが怖かったルイだが、食欲に負け、そのまま歩いて油で揚げている店に辿り着いた。
「これは何を揚げているの?」
「肉の破片を細かく切って、小さくして、中に野菜をみじん切りにして、繋ぎにネバ粉を入れて、団子状にして揚げたものさ。隣の店の男は、私の旦那だよ」
喧嘩を止めるのに参加をしていた、恰幅の良い女性が言ってくる。腕の太さがルイの三倍程あった。
もちろん旦那と呼ばれた男性も、同じように喧嘩を止めるのに参加している。
腕の太さは、女性の二倍程あるので、肉が簡単に切れていた。
「旦那さんが切ってるお肉を使ってるんだね。良い匂い。何のお肉なの?」
「これはヒョンバーの肉だよ」
「知らないわ。どんな生物なの?」
「あんたヒョンバーを知らないのかい。よっぽどの都会から来たんだろうねぇ。ヒョンバーって言うのは、耳の長い魔獣で、草と落ち葉を食べるんだよ」
「へぇ、聞くと狂暴じゃなさそう」
「そんな事ないさ。足が強靭でねぇ。蹴られたら骨なんて折れちまうよ。だから冒険者は装備品をつけて捕まえるのさ」
「わぁお、そんな魔獣なんだ」
「で、どうするんだい?買うなら包むよ」
「じゃあ、十個よろしく。味付けは無しで」
「一個おまけつけとくよ。お代は銅貨三枚」
「じゃあこれ。ありがとう」
お代を払ってから品物を受けとる。
客のいない場所まで行くと、さっそく食べてみる事にした。
爪楊枝らしきものが肉団子に突き刺さっていたので、それを使って口まで運ぶ。
「んむ・・やっぱり美味しい」
端から齧ると、肉汁が出た。
危うく服を汚す所だったが、すんでの所で回避する。少し吸いながら、団子を食べていった。
見た目は小さいが、味がしっかりと付いているので、満足感がある。一つ食べると十分だったので、後は収納魔法で仕舞った。
今度は喉を潤す為に、飲み物を探して先に進む。すると、売っているお店を見つけたので、笑顔で近寄り、挨拶した。
「甘くなくて、喉がスッキリする飲み物ってありますか?」
「あるよ。涼香茶なんてどうだい?肉と合うよ」
「あは!食べたの分かります?」
「ああ、肉団子を食べた後に来る客が多いからねぇ。あんたもそうだろ?匂いがするぞ」
そう言いながら、男性はルイの為に用意してくれる。
「ほら、銅貨一枚だよ」
「ありがとう」
お金を払って受け取った。
ルイは隣に移動してから、人のいない場所で飲む。
苦味が少なく、鼻から抜ける爽やかさを感じた。
「本当に合うわぁ」
空のコップは、店主の横に置かれた箱の中に入れる。
「おいしかったよ。やっぱり、肉に合うわね」
「そうだろ。これを飲めば胃もたれもないよ。肉を食べる時でも、普通の時でも、いつでも飲みな。体が元気になる」
「そうするわ」
「ここの皆は飲むから元気なんだ。みんな筋肉があるだろ?俺だって若い頃は、肉を食ってこれを飲んだ。それでこの年まで元気なんだ。また飲みに来いよ」
「わかったわ。ありがとう」
お腹が満足したので、その足で冒険者ギルドに向かう。途中で迷う事もあったが、歩いて行くと、冒険者が多くなる。
そして、見た事のある建物を見つけた。




