シュラドの街9
先程までの明るい雰囲気が消し飛び、敵意のある表情に変わる。戦闘モードに入ったルイの視線は鋭くなった。
「ちょっと!!二人して失礼なんですけどっ!!私のは乙女のやわ肌ですぅーーおじさんみたいに硬くないんですぅーー」
昨日に続き、自然と喧嘩を売る。
大人しかったティモンは瞬時に反応した。
「俺は全身マッサージに行ってるから柔らかいって言ったよな?おじさんだけどぉー。おじさんだけどぉー」
「二回も言わなくてもいいんですぅ。大勢のおじさんと一緒にして何が悪いっていうんですかぁーーお・じ・さ・ん」
リジーの手から自分の手を外し、なめらかに動かす。ルイは自分の手がいかに柔らかいか大袈裟に表現していた。
ティモンに負ける訳にはいかない。
「おじさんだけど、柔らかいおじさんであって硬いおじさんではない。これは努力の証しだ!」
自分の柔軟性を見せるように腰をひねり両手を肩まで上げたポーズを決めている。通りすがりの冒険者は嫌そうに顔をしかめた。
「私も柔らかいですぅーー硬い乙女じゃないですぅー」
ルイは恥ずかしいので言葉による牽制だけする。
何故か言い合いになっているが、それを冷静に見ているリジーは片手を振った。
「どうでもいいね。別に硬くてもいいじゃないか」
「リジー、お前は柔らかいからそう言うんだ。硬くなったら肩コリが酷くなって痛い目に合うんだぞ」
「そうよ!若いからって関係ないんだから!自分でやる全身マッサージだって、とっても体にいいんだから」
今度は二人で文句を言ってきたので、リジーは回避するように背中を向ける。そんなリジーを他所にティモンは驚いたようにルイに目を向けた。
「自分でやってるのか、それは凄いな」
「当たり前じゃない。柔らかーい女の子はね、毎日やるの。血流が良くなって老廃物だって流れるんだから」
「ろうはいぶつ?体の中に何かあるのか?」
意見の合った二人は話を進めるが、それに付き合っていられなくなったリジーは大声を上げ、足を何度か振り下ろし地面を強く踏みつける。驚いた二人は口を閉じ、聞く体勢になった。
「朝っぱらから肌の事でぐだぐだ言うんじゃないよ!そんなものは休憩中や休みの日にいくらでも時間をかけてやりな!ルイ、あんた用事があって出て来たんじゃないのかい?どこに行く予定なのか言ってみな」
ルイは思い出したかのようにリジーを見る。完全に頭から抜けていたようだ。
「そうだった。今日は回復薬を買いに行こうと思っているの。売ってるお店知らない?」
「そんなお店どこにでもあるよ。看板に薬の瓶を描いてある所がそうさ」
「薬の瓶かぁ」
異世界の者達が持っていた瓶を思い浮かべる。元いた世界とは少し違う透明度のある瓶はとても綺麗だった。
「ピンからキリまであるよ。効能が高いとか、種類が多いとか、金額が安いけど一種類しか置いていないとか、非合法のお店だとかね」
「非合法以外でお願いします。それで金額が高くてもいいから、色んな種類を置いている所がいいな」
ルイの言いようにリジーは少し笑う。
「冗談だよ。非合法のお店を教える訳ないじゃないか。効能が高い、種類が多い店なら大通りにある有名店がいいだろうね。建物も大きいから分かりやすいよ」
「なんて名前のお店なの?」
「ピカリンロードっていう店さ」
「ピカリン・・・なんかそのままの名前の店だね・・」
「分かりやすくていいんじゃないか?ピカリンは薬草の名前で、ロードさんって言うのが店の創始者だって話だよ」
「へぇー・・」
「なんだい、興味なさそうな顔をしちゃってさ」
リジーはルイの様子が気になったようで聞いてくる。そんなリジーに少し困ったような表情をした。
「いやぁ・・ピカリンの話が好きな女性に会った事があったから、それを思い出しちゃって。この男性も、もしかするとそうだったのかなぁって・・」
「あんたまさかイルシャを知っているのかい?」
「え!?リジーも知ってるの・・って、当たり前か。同じ冒険者だもんね」
リジーとティモンはお互いの顔を見合わせている。
ティモンの方が口を開けた。
「そのイルシャは店の創始者の孫だ」
「えーーーーーー!!」
ルイは叫ぶが口を押さえる。朝なのでとっても迷惑だった。
「それは驚きね。じゃあこのシュラドにあるのは二号店なの?」
「そうだ。一号店はフェルミの街だな」
「そうなんだ。イルシャって実はお嬢様なのね」
ルイの頭の中でドレスを着たイルシャの姿が思い浮かんでいた。
「見えないがな。とにかくピカリン好きだから捕まったら最後、ピカリンの事を永遠と聞かされる。薬草の生態の説明から効能の説明。果ては薬草を取りに連れて行かれた猛者までいるって話だ。夢の中までピカリンが出て一緒に踊ったらしい・・」
「それは恐ろしい話ね・・逃げられないって大変だわ」
「だがそいつは金持ちのイルシャを狙った結婚詐欺師らしいから相応の報いを受けたっていう落ちがある。ま、因果応報だな・・」
「同情して損した・・一生夢の中で踊ってなさい」
「ちなみにその時に洗脳された詐欺師は今はピカリンロードの店員になっている」
「それは・・真人間に更正できたって事でいいわよね」
「いいんじゃないか?詐欺を失敗した結果だからな」
うんうん、と二人は頷いている。
それを冷たい目でリジーは見ていた。
「あんた達、何、イルシャの話を怖い話にしてるんだい。やめな。薬屋に行くのが怖くなっちまうだろ」
「冗談だって。話は本当だが」
潜めていた声を止めてティモンが明るく答える。手を広げて自分には悪気はないとアピールしていた。
それにルイも続く。
「ごめんなさい。こんなに雰囲気が怖くなるとは思わなかったの。思い出す時にはイルシャさんの可愛い笑顔を思い出すわ」
「・・それで薬屋はどうするんだい?他の所も教えようか」
「そうね。他にはどんな店があるの?」
リジーは思い出すように目線を上にやってからルイに視線を戻した。
「そうさね、少し分かりにくいが公園の近くに緑の看板が出ていて、その路地を進んで行くと突き当たりに店があるんだ。規模は小さいがそこも品揃えの良い店だよ」
「どんな外観なの?中は綺麗?」
「レンガ造りの茶色の家さ。中に店員がいるから説明を受けたいなら聞いてみるといいよ」
「へぇー、良さそうね。行ってみたいわ。ありがとうリジー。そこに決めたわ」
「そうかい。そりゃ良かったよ。私も教えたかいがあったってもんだ」
にっかりとリジーは良い笑顔をする。
「そこら辺の治安は悪くないが気をつけて行くんだよ。血が苦手なんだろ?絡まれないようにしな」
「そうするわ。ティモンもありがとうね」
顔を向けるとティモンも軽く頷く。
二人が見送る中、ルイは笑顔で別れ、歩き出した。




