シュラドの街8
ー朝ー
「布団がとってもフカフカで気持ちが良かったー。こういう所は高級宿もいいわね」
朝起きてからルイはしばらくベットの感触を楽しむ。高い宿に泊まった事がなかったので新鮮で良かった。
窓は全開にしているので朝の空気が入ってくる。
川は建物に遮られ少ししか見えないが、その代わり、建物がずらりと並んでいるのが見えた。
下の道では犬の散歩をしている者がおり、その近くの庭で剣を振っている者もいる。
「あの人は冒険者なのかなぁ」
汗を流しながら真剣な表情で前を見据え、勢い良く剣を振り下ろしているので、上から見ているだけのルイにも迫力が伝わってきた。
「さてと、朝食を食べてから外に回復薬を買いに行きますか」
今日は冒険者ギルドに持っていこうと思っている。ついでに自分用も買えば他の人が怪我をした時に使えるので、必要な事だと考えていた。
むしろ今まで買っていなかった方が問題で、何かあったとしたらルイには何の対処もできない状態だった事になる。お金はあっても助ける手段すら持っていなかった事に自分の間抜けさを感じた。
こういう所がプロと素人の差なのだと思う。
黒き山脈はルイの分も用意していただろう。
「買い物楽しみねー」
感謝の心を捧げていると、鳥が目の前を飛んでいく。
それを目で追いながら街を眺めていた。
ーーーー
食堂で簡単な朝食を食べてからルイは外に出る。出てくる時間が早かったので冒険者達の姿もちらほら見えた。
仲間を待っているのか立ち話をしている者達が情報交換をしている。
昨日会ったティモンも誰かと話していたので邪魔にならないように会釈をして通り過ぎようとしたが、相手は気づいて声をかけてきた。
「おはよ、早いな」
昨日と違って背筋がしっかりと伸びている。これから仕事に向かうので気合いが入っているようだ。
「おはよう。良い朝ね。私の事は気にしないでね。隣の女性に悪いわ」
ルイが気遣う様子を見せるが当の二人は気にした様子もない。
「そんな事気にしなくていいのに。なぁ?リジー」
「そうそう。小さい事は気にしないよ」
意思の強そうな女性がそう言ってきた。
背は低く、体はふくよかで、肩まである茶色の髪は緩やかに跳ねている。愛嬌のある丸い瞳はピンク色で、大きなハンマーが背中に見え、手には分厚い手袋をしていた。
大きなハンマーを振るう為には頑丈な手袋は必須のようで、擦れて穴が空かないように作られている。武器としてのハンマーを見たのは初めてのルイは感心したようにじっくりと見ていた。
しかし、その表情が一転し、恐怖に引きつったものに変わる。
その目はハンマーにくぎ付けで酷く怯えていた。
それを察したリジーは背中に顔を向けると理解を示す。
「ん?ああ、これが怖いのかい。大丈夫、あんたには何もしないさ!」
はっはっはっ、と豪快に笑った。
綺麗な白い歯を見せたが、その明るさでもルイの恐怖が薄れる事はなく、さらに怯えの色が深まる。その程度ではハンマーについた血の色を払拭する事は出来なかった。
「だだだだって、それ、赤くないですか?」
「ああ?あーー!ごめんごめん、ちょっと汚れてたわ」
リジーはハンマーを掴むと腰に下げたバックから雑巾を取り出して拭く。目立たなくなると本人は満足したようで自分の成果に頷いていた。
「ほら、きれいになっただろ?あんた繊細だね」
「繊細でいいんです。雑巾見せないで下さい。お願いしますっ!!」
「分かったよ。主張するヤツは嫌いじゃないさ」
慌てるルイに見せないように配慮する。
ティモンの知り合いなので、そのぐらいの事はしても良かった。
「ありがとう。私は血生臭い事が苦手なんです」
「冒険者がいる宿に泊まってそんな事を言うなんて、あんた凄腕の採取人だろ?」
「え?ティモンが言ったんですか」
自分が凄腕なんてルイは一言も言った事はない。聞くとリジーは否定する。
「違うよ。あんたこの宿の料金が高いのを忘れてないかい?忘れるぐらい稼いでるって誰だって思うさ」
「ああ、確かに。この宿高かったですね」
リジーの説明に納得する。経済力は力と考えれば直ぐに理解できた。
「そういう事。失敗してる採取人なんぞお呼びでない宿屋だよ。もちろん冒険者もね」
「俺達はたまたま上手くいってるだけで、そこまで成功してる訳じゃないがな」
ティモンはルイに言う。
リジーが率直に言うのでティモンがフォローしているように見えた。
「じゃあランクや詳しい話しは聞かないでおくわ」
「ああ。そっちの方が私にとってもいいね」
「そうだな。探られるのは好きじゃない」
ルイが言うと二人は頷く。高ランクのようで自分の情報管理をしっかりやっていた。
ちょっと会っただけの自分にペラペラと喋るよりいいわね、とルイは思う。冒険者としては、そちらの方が信用できた。
「私も気軽な方がいいわ」
自分にも言えない事が沢山あるので、根掘り葉堀り聞かれるのは精神的に疲れそうなので都合が良いし、一々話を考えなくてもいいので楽だ。安宿ではこうはいかないので、その辺はこちらの高級宿の方が良かった。
特に女性一人だと付いて回ってしつこく聞いてくる者もいる。
安宿は配慮が無いので、途中で出ていく者もいた。
それでも私としては安い宿の方が居心地がいいんだけどね、とルイは思う。
いくら布団が良いといっても高級宿から感じる無言の圧があった。
高ランクの冒険者は安全と便利さと清潔さからこの宿にいるのだろうが、ルイは恨まれる可能性の低い採取人で襲撃は無いだろうし、しかもレベルが19なので安全は保証されている。だから怪我をする者が少ない方が安心できた。
この高級冒険者宿は危険なのだとリジーのハンマーを見てそう思った。
そんなルイの様子に気づかずにリジーは話を続ける。
「私の事はリジーって呼んで。あんたはルイでいいかい?」
「もちろん。リジー、よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
お互い手を出し握手した。
新たな出会いに楽しい未来を感じ、ルイは少しホッとする。笑顔で見つめ合う二人の視線は優しさを帯びていた。
「あんた、皮膚が硬くないかい?」
そしてそれは唐突に終わる。
ルイの手をニギニギと確かめるように何度も握ってくるリジーに悪意はなかった。




