シュラドの街7
「ちょっと、握手したとたん失礼な事言わないでよね」
「だだの握手だが、俺の力が全く通用しないなんておかしいだろ。あんたの手は鋼か何かで出来てるのか?手が跳ね返されるぞ」
「乙女の柔肌になんて事言うのよ!」
「あだだだだだ、ちょ、手離してくれっ」
ルイはティモンとしばらくやりとりを続けていた。
ふーふー、とティモンは離された手に息を吹きかけている。
「大げさな」
ルイは憮然とした表情で言った。
「おじさんの柔肌に何て事するんだ」
「同じ事言わないでくれる?私の柔肌と一緒になっちゃうじゃないの」
「これでもな、マッサージに行ってきちんと体を整えてるんだぞ。見てみろこの柔軟性。凄いだろ」
ティモンはそう言って体を伸ばしたり、後ろに回したりしてみせる。
「あーはいはい、すごいですねー」
ルイは立ち上がってティモンの腕を掴んで曲げる。
「いででで、それ以上は無理だからっ。おっさんの腕はそんなに曲がらないからっ」
「お客様」
店員から声をかけられて二人は停止する。
「他のお客様に迷惑ですから席について静かにお待ち下さい」
ルイは素早く自分の席について笑顔を向ける。
「ごめんなさい。もうしないわ」
「すまん、気をつける」
ティモンも慣れた様子で店員に謝った。
店員はルイの前に食事を置くと行ってしまう。立っていたティモンもルイの方を向いて軽く言う。
「じゃあ俺も行くわ。ゆっくり食事をとってくれ」
「ええ、また」
そうして二人は別れた。
「今度はゴブじゃなさそうね」
ルイはメニューを確かめて、しっかりと食事を楽しんだ。
ーーーー
ーシュラドの冒険者ギルドー
ギルド長のエペウスは、金色から黒に変わる髪を肩まで伸ばしている。長いまつ毛の下には水色の瞳があった。
簡単な薄茶色のローブを着ており、その下には黒の上下を着ていた。
「これが報告書ですか・・・あまり分かりませんね」
ランクAの調査報告書としては適当すぎる。
前に立っているリゲルは腕を組んでおり、ポロスは両手を頭の後ろに置いて、ふわぁ、と欠伸もしていた。
「イルウァナ出身で、買い物が好き。深海まで潜っている。山賊が怖いし血が苦手。滅茶苦茶すぎですね。本当なんですか?」
「見た感じ本当だと思うよ。ランクCが気軽に貰ってた品物が全部、深海の底にあるようなものだったし話す内容が具体的すぎて、とてもじゃないけど嘘だとは思えないからね。
それに本人がのんき過ぎるのが一番怖い。あれは強者の余裕だね」
「確かに。俺も何度か牽制してみたが全くきかない。そよ風程度にも感じていないようだ。確実なレベルの判定は俺達には無理だな」
ポロスとリゲルが答える。
「そこまでですか・・・ギルドとしては、どんな人物か把握しておきたい所ですが、所属なしが一番つらいですね」
エペウスが眉間にシワを寄せた。
「どこかに所属してくれたら管理もしやすいのに、どうしてこうも一人行動が好きなのか。全く、こっちの身にもなってみてくれませんかね」
ぶつぶつと文句を言っている。
「冒険者ギルドに入らないか勧めてみたんだけどね。買い物したい物があったらそっちにいっちゃうから依頼人に迷惑かけるから嫌なんだって」
「それを気にする常識があるんなら、国でもいいからどこかに所属してくれってポロス君が会ったら言っておいて下さい」
「え、嫌だよ。嫌われたくないし、リゲルなら大丈夫なんじゃない?」
「俺は話してもないぞ」
「あ、確かに。ルイって意外と怖がりだから目付きの鋭い人には寄っていかないんだよね。後は自分に対して有益かどうか慎重に観察してるし、自分の味方には利益を沢山与えるタイプだね」
「そうですか、味方には利益をね・・そういうのは好きですよ」
書類に書き足しながらエペウスはポロスを見た。
「後は、苦手なのは人間同士の争いやゴブリンみたいだから、もし街からいなくなって欲しい時には犯罪者の鞭打ち風景を街の中で見せるとか、ゴブリンの解体作業を外でやるとかすれば直ぐに旅立ってくれると思うよ」
「え、そんな簡単な事でいいんですか?」
「ルイは苦手みたい。だからそんなにピリピリする必要はないと思うよ?本人、血が苦手みたいだし、二足歩行する生物が争ったり殺しあったりするのが駄目らしいからその辺の冒険者より安心かもね」
「そうですか。レベルが相当高い人達には総じて凡人には分からない苦手なものがありますからね」
「ランクSSの人達も変なものが嫌いだからねぇ。ぬるぬるが駄目とか、集合恐怖症とか面白いよね。何だか無理矢理弱点を決められているように見えるよ」
「神の采配か・・」
ポロスの発言にリゲルが呟く。
「しかしそれが分かれば冒険者ギルドとしては安心です。ルイさんには手を出さず、ゆっくりと街にいてもらいましょう」
エペウスの言葉にポロスは肩の力を抜く。これでも緊張していたようだ。
「ああ、良かった。敵対はしたくなかったからギルドから認められて良かったよ」
「確かに。一緒に冒険した仲間だからな」
ポロスとリゲルは安心する。
街の者達の安全の為ならば、ルイのような旅人を街から追い出す事も平気でするが、そのような状況でもないのにやりたくはなかった。
「レベルは何て書きましょうかね」
「それなら十五以上にしておけば問題ないだろう」
「ランクS以上ですか・・それほどなのですね」
リゲルの言葉にエペウスは神妙な顔をする。やはりルイという女性は化け物並みの強さのようだ。
「精神の方はランクF以下、戦力はランクS以上だ」
「ランクF以下」
「ああ、ゴブリン以下とでも書いておけばいい。そうすれば無駄に恐怖を感じる事もないだろう」
「ゴブリン以下・・・」
エペウスはリゲルの言葉を信じられない様子で聞くが、ルイの性質がそうなので納得するしかなかった。
「シュラドはゴブリンが多いからルイは大変だろうね。棒を持ったゴブリンに追っかけ回されなければいいけど」
ポロスは心配する。
「もしかしたら別の移動方法を考えるかもな。川とかな」
フッ、とリゲルの口角が上がった。
「ああ、あれだね。街から出たら直ぐに川に飛び込んで、海まで行くかもね」
「そうするだろ」
二人は今後のルイの行動を予測していた。
「ゴブリンごときにそんな事までしますか?」
「やるな」
「やるでしょ。シュラドまでの道のりに、冒険者二十八人雇った女性だからね。自分の嫌いなものには手段を選ばないでしょ」
ポロスの言葉にリゲルは頷く。少ししか一緒にいなかったがルイの性格などバレバレだった。
街の門を出たら、こそこそと動き回って川に飛び込むルイの姿が思い浮かぶ。
二人は自分の想像に自信があった。
「そうですか。そこまで二人が言うならそうなのでしょうね。分かりました。ルイさんの資料には、二人の意見をまとめて書いておきます。危険度はABCの最小のCにしておきましょう」
「それがいいと思うよ」
「妥当だな」
ポロスとリゲルもエペウスに賛成する。
ランクAの冒険者の中には、未確認の高レベルの人間を発見したら報告と調査する人間が決められていた。
調査するのに適さない者もいるので、それはランクAの中でも限られた者がしている。
紅き月夜の中では、リゲルとポロスがそれに当たり、後の二人は性格上、無理だと判断されていた。
今回の依頼にランクAがついて来たのは、ルイの調査が大本の理由で、依頼を受けたのは隠れ蓑に過ぎなかった。
「あーやっと終わったって感じだね。もう帰っていい?」
「ええ、ご苦労さまでした。報酬はこれです」
エペウスは袋に入った金貨を直接渡す。それを受け取って収納袋の中に入れた。
「また何かありましたらお願いします。最後にもう一つ」
エペウスは言葉を区切ってから、
「ランクHの中にランクを下げる必要のある者はいましたか?」
そう聞いた。
「いや、いない。全員ポイントをプラスしても大丈夫だ」
「わかりました。ではそうしましょう」
その言葉を聞いてから二人は部屋を後にした。
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「リゲルはこれから酒場に行くの?」
「ああ、黒き山脈もいるだろ。あいつらは順調にこれからもランクを上げそうだ」
「確かにね。ルイにも好かれてるし、この機会に仲良くなっておくのもいいかもね」
「それにだ・・・」
リゲルが険しい表情をつくる。
「イルシャが先に行っている。迷惑をかけていないか心配だ」
ああ、とポロスは上を向く。
「ピカリン勧めてるかもねぇー」
「はぁ・・」
「ドライドは筋肉見せまくってるかもねー」
「・・・」
二人は話をしながら足を速めて酒場を目指した。




