表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

或る空論

作者:

「戦争が嫌だ?何が何でも戦争を禁じたい?ああ、それなら特効薬があるよ。分かり切ってる筈だろ?『自衛』を止めさせたらいいんだよ。『侵略』の禁止なんか呼びかけても無駄だ」

「何故?侵略し放題になっちまうじゃないか。自衛だけ禁じても平和になるわけないだろう」

「いや平和の実現なんて難しい話なんかはしてないよ。戦争を実効性をもって禁じるという話だろう?戦争を「双方攻撃し合う状態」と定義する事に異存は無い?無ければ、それで戦争の発生や持続の問題は解決だ。反撃する者がいなければ戦争状態とは言えないだろう?侵略、つまり略奪や虐殺や支配を防ごうと思わなければ、『侵略』が禁じられてない時代なんて、ある意味では久しく来てない。『侵略はいつも禁じられてるにも関わらず起こる事』なんだ。或る意味『抑圧』や『差別』とかと一緒さ。『悪い』なんてのは分かってる。自分の倫理が呼応するかはさておき、そう言われてるって事はな。悪くても得だからやるんだ」

「反撃だって…自衛だって禁じても起こるだろうよ。その歴史的に禁じられて久しい筈の『侵略』が、禁じても結局の所起こってきたのと同じくさ」

「はは、そりゃ違いねえ。つまり開戦の定義をはっきりさせてないから、戦争の勃発は見ように因っちゃ防げてない訳だ。まあ一個の銃撃事件や爆弾テロや刃物による通り魔事件だって、戦争の始まりと言えなくない事もないんだろうと思う。状況や…特に後から振り返った時の歴史的な経緯次第ではね。だが、『自衛』の禁止が戦争の持続性を奪う点では、『侵略』の禁止の比ではないよ。寧ろその観点では、侵略の禁止は継戦の持続力の方に加担している訳だし」

「しかしお前、本当にそんな風に思ってんの?お前の倫理観を疑うよ。力ばっかりしか頭に無い奴が思いのままに、それ以外の事も考えて生きてる他の全ての人間を圧し蹂躙するのが許されるだなんて」

「いや、俺がそういう単純な武力専制の世界観を信奉してるとか誤解されちゃ困る。『いつまでも長引く泥沼の戦争を何が何でも止めさせなければ。その為にはどうしたら』とお前が言うのに、一つ考え得る返答をしたまでだ。だがそれにしても、おまえ平和ってどんな事を言うと思う?いわゆる『戦争状態』とマスメディアが報じなければ、それで平和か?」

「…。まあ少なくとも、お前がさっきちょっと言った、略奪や虐殺や支配だとか、あとレイプだとかが日常的に起こってるようじゃ、平和だなんて呼ぶ価値はないかもな。そう呼んで、関心をシャットアウト出来る様にするだけ、『平和』なんてうわべだけで共有される言葉は害悪の側面を持っていないとは言い切れないだろう」

「そうだな、まあ俺も大体おまえと同じ様な捉え方でいる筈だとは思うよ。しかしさ、略奪や虐殺…つまり殺人の定義なんかを、経済的だったり政治的だったりの領域にまで押し広げて考えていくと、一体武力の衝突だけが問題なのか?という所にも行きつかざるを得ない。武力、つまり弾丸の行き来や火薬の炸裂といった現象は確かに、紛れもなく表面化した混乱ではあるが、それら兵器の使用を動機付ける人間の衝動、またはその衝動を育む感情の前提条件となる状態は、必ず根っこにあると考えざるを得ないだろう。経済的な苦境か、人種的差別か、あるいは性格が歪む位の失恋か、殺人まで厭わない犯罪性にだって色んな原因は考え得るわけではあるが。失恋は置いておいても、経済制度や政治制度に根ざす原因というのは、ある程度広範囲の人々に共有される…いわば社会的な条件と言える。現行の市場経済というのはいわゆる自由競争に因って成り立っている訳で、そこには相対的な財貨の収奪の余地がある。そしてその上で相対的勝者と敗者に生まれる格差を『生存権を奪う程にまで広げてはいけない』という、例えボンヤリとしか自覚されない理念でもって国家行政が、その上例え消極的にであっても、『最低限の生存』のセーフティネットを敷く訳だ。福祉だとかいう名の下に。すると、これらの舵取り次第では、経済的、或いは性的であるとかの収奪は起こり得る。まして資本主義的市場競争は国家間でも敵対的に起こる訳だ、極めて苛烈に、時に恐慌を与え合う様な危険で密接な関係の下に。自国の経済的富裕の望みが満たされないのに、誰が他国の内政まで心配して、国際間での福祉を気にするだろう?それは、自分の生活が成り立たないのに、他の貧しい誰かしらの心配をしている場合ではない、という現在のこの国における個人的な生活の実際と同様にだ。…本当を言うとさ、俺が『自衛禁止したら良い』と言った時、さっきみたいじゃなく、こう突っ込んで欲しかったんだ。『それって、今現在の日常生活とどう違うんだ?』って」

「それはどういう意味?俺達の生活は自衛を禁止なんかされてないだろう?俺達は自分らの努力である程度生活のレベルを選択できるじゃないか?」

「おまえは自分の生活が上手くいっているからそう納得していられるのさ。低いレベルを好んで…『選んで』生活をしているやつなんて、本当に居ると思うのか?そいつらは選んだんじゃない、『納得』させられたんだ。私は馬鹿だからこうなるほかない、っていう納得をな。俺にはどうしてこう信じちまうのか本当の所は分からないんだが、しかしそういう社会的倫理観を保持しながら生きてる生活者はこの国にうじゃうじゃいないと現行の雇用を巡る社会状況は成り立たない事は分かる。そして、その雇用観が保たれる為に教育制度が最大限に利用されてきた現状が、確かに存在する事も分かる。『勝ち組』とか『負け犬』とか、クソみたいな流行語が出た年もあったけど、ここで経済的な『負け』を被ってる連中は、つまり納得をしているんだ。自分が育んできた倫理観、社会観から出発して、自分の願望が十分には叶わない事を納得している。確かに願望も悪かった。時に他者に圧する身の程知らずな夢も、かつての若者は抱いたろう。そしてその願望も、営利企業の宣伝であるとかの教育に影響された結果としてのある種の幻影であったと言わざるを得ない。『夢』と呼ぶ方が平生好まれるか、そういう自分と他人との相対的な身の丈の関係性を度外視した場合に語られる現代社会の願望は、殊更。しかしその反動、その反面の様に、経済的或いは文化的に低いレベルでの生活での納得というのも、同じ教育の下に生じているんだと思う。そして、その納得は、必ずしもかつて条文化された『生存権』の範疇でしか為されない訳ではないんだ。ある人々は、憲法に普遍的人権の一形態として具体的に明記されてる『結婚や出産の自由』が自分には望みえないという事さえ、納得してしまう。これは国家行政としては明らかに違憲だが、これを裁判所に違憲として訴えた人が、果たしているのかどうか。勿論子供が持ちたくても持てないというのは、生理的には悲しい事だが在り得る。しかし問題は、圧倒的に経済的理由から出産、及びそれに繋がる意味での結婚の望みを断たれるという現実は、どう考えても多数あるんだ。それは人口統計にさえ如実に出ているんじゃないか?無論心理的に複雑な関係だから、経済状態とその観念と人口との関わりを確実に示すという事は難しいのかも知れないが。確実性が無いからと言って見て見ぬフリをする欺瞞は、批難に値するだろう。」

「待てよ。お前が何を言いたいのか分からない。お前の言ってる事が国家的な自衛の禁止とどう関わるんだ?」

「俺はお前と話をするのが段々嫌になって来たよ。俺自身の頭の足りなさが痛感させられるからな。…俺が言いたいのは、つまり、俺達は、俺達を育てた環境に因って、俺たち自身の陥る経済的な致命的な陥穽をさえ、自分のせいだと過剰に思うように仕組まれてるんじゃないかという事だ。つまりこれは、ある侵略を受けた小国家が、戦争状態が長引くからと、自衛を禁止される事と殆ど相似な、既に起こっている現実なんじゃないかと。俺達は、俺達の人権が不十分である事を、俺達自身の為に訴える力に足枷をされているんだ、と。そう言いたかった」

「もう少し説明してよ。分かる様に言え」

「いや、もうやめよう。俺はもう話す事が嫌になってしまった。お前に分かってもらう様に話す事が。『分かる様に言わなきゃ、分かってやるつもりはない』と言うお前と話続ける事が」

「それって無責任じゃない?」

「お前は俺に責任を求めるのかよ。なら無責任でいい」

「じゃあ俺はお前の話を受け入れる事は不可能だな。責任を放棄するんなら」

「ああ、そうだろうな。それでいいよ。お前と友人として話をする事も、もう無いよ」

「いや、まて。極端だろ。お前は俺との今までの友人関係を人質にとって、お前の議論の不備を押し通そうっていうのかよ。議論のルール位守れよ」

「お前は終始ルールの話をしているよな。でも、お前の言うルールって、そんな公平なもんか?前提をちゃんと共有されてる話?」

「んじゃあ、いまから前提を少し整理しようよ」

「いやだね」

「お前さ、自分勝手な事ばっか言ってないで、少しは相手の条件も飲めって。本当友達居なくなるよ?」

「それでいい。多分、もう居ないんだと思うよ。友達が、俺が昔信じてたみたいに、心が通じ合う仲だ、って意味なんだとしたら」

ここで二人の通話は終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ