第二話 異世界へ
1945年4月6日 午後
日本・沖縄近海 上空
「壮観だな」
そう呟くのは、陸軍の三式戦闘機「飛燕」に乗る、とある陸軍航空兵である。
彼の目の前にはざっと見で100機以上もの陸海軍混成の大編隊が、雲の合間を沿って飛行していた。
これほどの規模での航空機の編隊飛行は見るものに対して形容し難い心強さと力強さを与えるものだった。
「これほどの大編隊での飛行は久しぶりだなぁ。…ん?」
彼の編隊の目の前で飛行している一機の海軍機のエンジンから突然煙が吹き出たと思いきや、みるみる内に速度が下がっていき、しまいには元来た方向に引き返していった。
「また故障機か…」
この頃には航空機の整備が行き届かなくなっており、エンジンの故障などで途中引き返す機体も少なくはなかった。多少数を減らしてつつも、陸海軍混成の特別攻撃隊は一路、米空母艦隊へ向かっていた。
「どうせ散るなら、空母めがけて逝きたいものだな」
彼はこれから程なくして起こるであろう自分の運命を想像した。
知っての通り、米空母艦隊に接近するのは容易ではない。たとえ熟練パイロットであったとしても、米軍の使用している近接信管を使った対空砲火を潜り抜けるのは困難ものである。
通常、航空攻撃というものは航空機に爆弾や魚雷をくくり付け、敵艦に投下するのだが、パイロットが未熟であった場合、これがまず当たらない。並のパイロットでも対空砲火を潜り抜け、敵艦に爆弾を投下しても空振りに終わる事が多い。余計、多くの熟練パイロットを既に失っている日本の航空部隊では通常攻撃ではまともに戦果を上げることは不可能に近かった。
故に素人パイロットでも操縦さえ出来れば即戦力化できる「特攻」が実施され、戦闘機から練習機に至るまで、飛べる機体を根こそぎかき集めて編隊されたのが、今回の神風特別攻撃隊なのである。
彼らはそれぞれ、国への想い、家族への想い、恋人への想い、様々な想いを抱きつつも敵艦隊を撃滅するため、その命を散らすはずであった。
だが彼らの想像とは裏腹に、なんの前触れもなく"それ"は起きた。
あれからしばらく編隊は飛行を続け、いつ米軍の迎撃が来ても不思議じゃない地点にまで到達した。
「気を引き締めなければな。... ん?」
一層、眼を凝らして周囲を警戒し始めたその時、遠くの空にドス黒く分厚い雲を確認した。それは信じられないくらいのスピードで周囲の空を包み込むように侵食していた。
「なんだ?あれ...」
疑問に思っていたのも束の間に、一瞬にして暗雲は編隊の目と鼻の先まで迫ってきた。
「なんだっ?!クソッ」
あまりのスピードと大きさに回避もままならず、瞬く間に編隊は雲に取り込まれて分厚い暗雲の中へと姿を消して行った。
3式戦を操る彼の視界は一瞬にして暗黒に包まれたため、軽くパニック状態に陥いっていた彼だが、すぐに収まる事になる。
前方に暗雲の合間から光が僅かに差し込んでいるのを発見したのである。急いで光の方へと機体を進めて脱出しようと図った次の瞬間、突然彼の視界が晴れ、雲を抜けることが出来た。
突然の太陽光の眩い光に彼は顔を歪めながらも、分厚いと思っていたはずの雲をあっさりと抜けることが出来たため、安堵と拍子抜けが混じった心境となっていた。
「なんだったんだ... 今のは。」
そんな事を呟いていると、続々と周りからも友軍機が雲を抜けて来ていた。編隊は多少形を崩した程度で、奇跡的なことに衝突や墜落した機はいないようだった。
ふと彼が辺りを見渡すと、今までの暗雲が嘘のような雲一つ無い晴天な空があたりに広がっていた。
気付けば、たった今抜けてきた暗雲もいつの間にか消えて無くなっていた。
彼らは目の前で起こった現象に困惑しつつも編隊を整えようとしたその時だった。
『2時の方向!機影確認』
友軍機の警告が備えつけの無線から聴こえるやいなや、彼は眼を凝らしつつ、目標を探した。
「あれか!...って...機?というかドラゴンじゃないか?!」
彼らから見て斜め右方向の少し低い高度に、20匹ほどのドラゴンの様な生物が入り混じって飛んでいるのを確認した。どうやらドラゴン同士で戦っているようだ。さらによく見ると中世程の鎧を着込んだ人間がドラゴンの上に跨っているではないか。
「とうとう幻想でも見てしまったのか...俺は。」
彼は自身の眼を疑いつつ、すぐ横に飛んでいる僚機達の同じく3式戦の操縦席をみたが、彼らも同様に口をポカーンと開けて、この光景をただ眺めているだけだった。
1、2分たっただろうか、編隊の全員が困惑しながらドラゴンを観察していると、ドラゴンたちにも変化があった。
最初はこちらに見向きもせずドラゴン達は口から火炎を出し合い乱戦していたのが、徐々にそれぞれ同じ色の装飾を施されたドラゴンの集団どうしで集合し始め、一様に視線をこちらに向け始めたのである。
「アイツらもこっちに気付いたか...」
見た感じだとかなり警戒している様子である。それもその筈で、こちらは100機を超える大編隊なのである。
お互いの視線が交差したのも束の間に、"青色の装飾"が施されたドラゴン集団が背を向けたと思いきや、まるで尻尾を巻いて逃げるがのごとく離脱していったのである。それに続くように"赤色の装飾"が施されたドラゴンたちもその後を追うようにして消え去っていった。
「これは...もう米空母どころの話じゃないな...」
それもそうで、もはや彼らの周りには米軍艦載機や米空母艦隊などカケラも存在しておらず、ただ雲一つない空に太陽があるだけであった。




