第82話 最後の復讐相手
ああ、今日死ぬな。と思ったから、人払いをした。
一度死んだことがあるせいか、自分の死期がはっきりとわかる。恐怖はない。その感覚は最後の仕上げには必要なものだからだ。
人生百年時代と言われていたA子の国ほどではないが、この世界でも六十前に死ぬのは早い。なんとなくだが、前世で生きた分を寿命から削られているような気がする。
ベッドに横になった。
逝くなら静かに逝きたいというのに、脳内でA子がずっと泣いている。
(もう少しさあ、頑張ったらよかったじゃん……ちゃんと薬飲んだらもうちょっとは、さあ……っ)
ぐずぐず泣き続けるA子の言うとおり、グロリアは体調を崩しても処方された薬は飲まなかった。なぜなら今グロリアに必要なのは、自分自身の死、そのものだったから。
(なにそれぇ……っ)
A子が怒ったのを感じて、グロリアは微笑んだ。
グロリアが王妃になってから、特に平民の教育に力を入れてきた。今では少数ながらも役所には平民出身の人間が雇用されている。
基礎的な学問だけでなく、専門的な学問を学ぶ学校も設けた。今の彼らにはそれがどんな未来を創るか明確に理解し、発展を想像できる頭がある。
しかし同時にこの国は王を頂点とした専制君主制の政治体系で、やはり平民が物をいうのは難しい。
今まではグロリアが平民にも寄り添う政治を行っていたから不満は出なかった。平民たちも納得して従っていただろう。
だがグロリアが死んだあとはニコラスが本格的に国を統治する。
せっかく幼少期に次期国王にふさわしい教育を施したというのに、それを武器にエドワードを反面教師とはねつけることもせず染まりきったニコラスだ。どうせ遊びに忙しく、政治を顧みることなどしないだろう。
中途半端に知恵をつけ、王侯貴族と平民を結ぶ政治の末端で働き始めた平民たちは、グロリア亡き後のニコラスをどう見るだろうか。
そして真実を知ったバーナードがどう動くか。
いや、平民が騒がずバーナードが動かなくとも、グロリアがA子の知識を使って豊かにしたこの国を狙う欲どしいものも多い。
今はグロリアがいるから誰も手を出してこないが、死んだらきっと侵略しようとする国も出てくるはずだ。
そしてニコラスにはその手をはねのける力はない。
(……それでいいの?)
泣き止んだA子が静かに問いかけてきた。
(国のために、民のために、頑張って導き手様や王妃様してたんじゃないの?)
まさか。と、グロリアは目を閉じた。
「私は、私の処刑を娯楽として楽しむ平民たちを許さないと誓った」
今でも鮮明に思い出せる。
断頭台を取り囲み、早く殺せとはやし立てていた群衆たちの笑顔。
無知で下品で野蛮な、この国の愚民ども。
この国そのものを、グロリアは許さないと誓った。
死と破滅を導いてやると呪った。
(そっか。……ね、満足した?)
A子の言葉に、グロリアは穏やかにうなずいた。
首に力が入らずに、枕の上で髪を少しだけ揺らすだけになってしまったが。
断頭台で首を落とされた瞬間、感じたのは屈辱だ。
この世界からグロリアがいなくなったというのに、波風ひとつ立たずに進んでいく時の流れが屈辱だった。
きっと今世では、グロリアが死んだら世界が大きく揺れるだろう。良くも悪くも。
そういうふうに、グロリアがした。
ざまあみろ。




