第81話 長く生きた
月日は流れ、グロリアの年齢も六十手前になったある日、胸にしこりを見つけた。
あたふたしながら医者を呼ぼうと言い続けるA子をなだめつつ、グロリアが呼んだのは医者ではなく、コードウェル公爵であるバーナードだった。
初めて会った時の緊張しきった初々しさはとうになく、目尻には亡き叔父によく似たしわがある。
「義姉上?」
応接室のソファに座ったまままじまじと顔を見続けてくるグロリアに、バーナードが首を傾げた。
「ああ……いや、お前の顔を見ていたらつい、長く生きたと思ったのだ」
他人の顔に刻まれた老いの証を見て、二度目の人生を歩き始めてから長い時間が経ったのだと初めて気づくとは。
あの日、憎しみを胸に抱き処刑台から見上げた面々はすでに全員表舞台から去り、今世では自分だけが舞台に立ち続けている。
「何を急に……まさか、健康にご不安が?」
「ある」
思わず立ち上がって身を乗り出したバーナードを手で制す。
「死出の旅路につく前に、諸々整理しなければならないことが多くてな。お前を呼んだのもそれが理由だ」
「何を気弱なことを……」
バーナードが自分自身を鼓舞するように顔を上げて言った。
「教会を頼り世界一の医者を呼びましょう! あきらめてはなりません! 義姉上がいなくなったらこの国は、ニコラス陛下が……」
「ああ、あれでは頼りなかろうな」
黙ってしまったバーナードの懸念は、国民全員の憂いといっても過言ではない。
ニコラスは死んだエドワードそっくりに育った。
奔放に、享楽的に、無邪気に、わがままに。外見だけでなく、その行いも父親に生き写しだ。
しかし彼には、代わりに政を行うグロリアがいない。
ニコラスが国王となった時、王妃をどうするかでもめた。
そのもっと前からもめていたが、グロリアの跡を継ぐという重圧に耐えられなかった令嬢たちは尻込みし、逆に地位と名誉に目がくらんだ者は押し並べて無能だった。
さらに本人の素行の悪さも相まって、いまだにニコラスには愛妾はいても正妃はいない。
国にとっては異常事態だが、今まではグロリアがニコラスに代わって政治の全てを執り行ってきた。
あまりにグロリアが有能で人気がありすぎたために、皆が問題を頭の隅に入れながら黙殺していた。
誰もニコラスに期待していなかったと言い換えてもいい。
もしも愛妾との間に子ができれば、その子供にいちから国王にふさわしい教育を施したほうが国にとって幸いだとすら考えていたかもしれない。
「そんなことは……私も陛下を精一杯支えますし、陛下だって義姉上のお子です。やる気になれば政治など容易くこなすでしょう!」
「……そのことだが、言っておかねばならないことがある」
いぶかしげな顔をした従弟の淡い紫色をした目を見つめ、グロリアは口を開いた。
「ニコラスはエドワード陛下とケイトの子供だ。私の子供ではない」
一瞬きょとんとしてグロリアを見返してきたバーナードは、グロリアが言った言葉が脳に浸透すると驚愕に目を見開いた。
同時にA子も(今ばらす必要あったー⁈)とうろたえたが、二人の反応は無視してグロリアは続けた。
「ニコラスが私の子だから支えるというのなら、それはこの国の貴族の代表として、よく考えたうえで決めてほしい」
国のためになることをしてくれ。
それがニコラスを支えることになるのか、別の道を探すのか、それはお前たちの決めることだが……。
囁くように言うと、バーナードはごくりと喉を鳴らしてうなずいた。




