第78話 ……実は
「どういう意味です」
みるみるうちに険しい表情になっていくブライアンが、まるで恫喝するかのような強い口調で言った。
グロリアはケイトと顔を見合わせて、首を振る彼女に対してわざと悲壮感に満ちた表情でため息を吐いてみせた。ケイトを慮ったように見えればいいが、もしかしたらうんざりした感情が滲み出ていたかもしれない。
自分が使えない人間だということを心に植え付けるために、彼女が結果を出せないように根回しはしている。
そのせいとはいえ、グロリアはできもしないことを「次は努力する、頑張る」と言ってべそべそ泣く人間が嫌いだ。
もう心は折った。そろそろ本当に捨てる頃合いだろう。ケイトも、ブライアンも。まとめて。
グロリアは執務机に肘をつき、「……実は」と顔を覆い隠しながら口を開いた。
話すことは主にグロリアに対するエドワードの態度だ。
初めて顔を合わせた時から嫌われ、ないがしろにされていたことから始まり、初夜に「愛さない」と宣言されたこと。
真実の愛をケイトに捧げ、ニコラスを産ませたこと。
「信用しているケイトになら……と、陛下の暴挙を許し、ケイトに無理をさせてしまった」
だというのに下級メイドを孕ませ、そればかりか彼の周囲には女性が途切れない。
「自分が陛下の相手を一手に引き受ければ、私の心労が減るから……と、ケイトは奮闘してくれたが、陛下を落ち着かせるには至らなかった」
手で顔を覆ったまま首を振る。
「国のため、陛下のためにとケイトに任せたが、失敗だった。ケイトが心を壊してしまう可能性や、陛下の女癖の悪さをもっと深刻に考えなかった私が悪いのだ」
まさかケイトに執着しながら、それでもまだなお女を侍らせ遊び回るとは思いもよらなかった。と付け足すと、無言で聞いていたブライアンが顔を上げた。
「……今度こそ、」
ブライアンがかすれた声で呟いた。
人生を閉ざされた屈辱と未練に沈んでいた顔色が、今は妙に明るく見える。
顔を上げさっぱりとした声で退室を告げたブライアンへ、よろめきながら立ち上がったケイトが「お待ちください!」と悲鳴のような声を上げた。
もつれる足をどうにか動かして、ドアノブに手をかけるブライアンを止めに走る。
「何を……っ、何をなさるおつもりですか⁈」
背中に体当たりをするようにすがりついてきたケイトの肩を掴み、青い目で真っすぐ彼女を見つめながらブライアンは口を開いた。
「惚れた女と尊敬する主君のため、今度こそ、正しいことをする」
気圧されたケイトを残し、ブライアンが退室した。
ドアを見つめるケイトは震えていた。
頬骨の上に散らばるそばかすが、白い顔に濃く浮き出て痛ましさを誘う。
ブライアンはエドワードに「ケイトを解放しろ」とでも言いに行ったのか、それともいつかの断罪劇の時のようにカッとなってエドワードを殴りにでも行ったのか。
〝今度こそ正しいこと〟とは、その程度のことだろう。
「惚れた女と尊敬する主君のため」と言いながら、結局は自分の未練を晴らすための行いにすぎない。
義憤にかられた顔をしつつも、部屋を出ていった時の晴れ晴れとした顔色がそれを証明していた。
書きあがったポールへの指示書を見直しながら、グロリアは職務を放棄したブライアンの代わりに聖地へ書類を届ける人間の人選を脳内で始めたのだった。




