第73話 それぞれ
四度の性交ののち、ケイトの妊娠が発覚した。
性別はわからないが、とりあえずケイトは五度目の夜から解放されてほっとしたようだ。
妊娠したケイトは、グロリアの部屋で誰にも見つからないように生活させている。
ケイトの腹が出てくるにしたがって、グロリアも同じように腹に詰め物をして過ごす。
朝起きてケイトの腹の様子を見ながらクッションを詰めている自分に笑えてくるが、周囲にばれるわけにはいかないので仕方がない。
今は王太子妃としての公務も、導き手としての仕事も休んでいた。
目ぼしい本は読み切ってしまい手持無沙汰になったので、雑多な報告書を読んで時間を潰している。そのなかに面白いものがあった。
セドリックを調査した教会の報告書である。
正式に破門が決まったあと、セドリックは頬に破門を意味する焼き印を押された。ハトルストーン伯爵家からは放逐され、今は他国に流れついて物乞いをしているらしい。
正直、破門を言い渡された直後に自殺するか、正義感を勘違いした信者の襲撃で死ぬと思っていたから、意外なしぶとさにグロリアは少し感心した。
しかし裏稼業の人間にさえ厭われる破門者が、職に就くのは難しい。
妄信していた〝信仰の可視化〟のための金などもちろん手に入らず、彼はかつて信仰心が足りないと罵った平民相手に物乞いをし、破門された人間でも憐れに思って慈悲の手を差し伸べられるような、本当に信仰心の厚い人間にすがって生きている。
同時にハトルストーンも完全に落ちぶれた。
彼らの力によって司教になった男は解任されて地方に飛ばされ、グロリアとのパイプ役も違う貴族が担っている。
今後彼らが浮上することは難しかろう。
だがグロリアはハトルストーン家への寛恕と引き換えに、ケイトの出産を手伝わせようと思っている。
ハトルストーンは絶対に秘密を洩らさないだろう。
これが彼らにとって一族を維持するための最後の藁なのだから。
報告書を読み終えて思わず笑みを浮かべていると、部屋の奥の扉が開いてひどく青ざめた顔をしたケイトがおずおずと入ってきた。
「どうした」
グロリアが声をかけると、ケイトは眉を下げて口角を上げた。味の薄い果物のような表情のまま近づいてきて、テーブルの上にそっと手紙を置く。
「あの、また、母に手紙を渡したいのです……」
カイラ宛に書かれた手紙を手に取って、「かまわない」とグロリアはうなずいた。封はされていない。
「悪いが事前に読ませてもらう」
「わかっています。……誰にも言いません」
ケイトの腹の中身を誰かに嗅ぎつけられたらまずいので、彼女が出す手紙はいつもグロリアがチェックしている。今日の手紙もなんてことはない日常の様子が書かれており、妊娠のことを臭わす記述もない。
ただ、この手紙はカイラだけではなくブライアンも読んでいることを、グロリアは把握している。
カイラからの返信に彼女のものではない筆跡が混じることも。
誰にも言えない秘密を抱えてケイトが憔悴していることはわかっているし、それを慰めているのが毎晩彼女のもとを訪れて愛を囁くエドワードではなく、母親の手紙とそれに同封されているブライアンの手紙であることも、グロリアは知っている。
二人が親密になっていくのを、知っていて黙っている。
気づかないふりをしている。
エドワードにももちろん言っていない。
彼はブライアンを親友だと思っている。ともにメロディを聖女と信じ、判別式の立会のためにブライアンを戦場へと向かわせたのはエドワードだ。
結果はメロディは聖女ではなく詐欺師で、それに激怒した暴徒に殺された。ブライアンは心と体に大怪我を負い、死んだメロディを弔うために聖地で慰霊碑を守っている。
エンベリー侯爵は激怒して、彼を後継者から外して弟をその後に据えた。
それに伴い国はブライアンをエドワードの側近候補から外した。聖女を騙る詐欺師に肩入れするような男を、未来の国王の側近などにできるはずもない。
たとえ導き手であるグロリアがブライアンの行いを許していても、暴徒がメロディを殺したように、敬虔な信者たちは許さないだろう。怒りの矛先が王家に向いてはならない。
ブライアンはエドワードのせいで未来を閉ざされたに等しい。
だがエドワードはそのことに気づいてもいない。
導き手のグロリアと結婚し、はたから見れば自分だけ順風満帆の人生を送るエドワードを今のブライアンがどう見ているかも、メロディのことなど思い出しもしないで過ごしているエドワードのことをどう感じているかにも思い至っていない。
側近ではなくなったが、エドワードはブライアンのことを学生の時のように何でも話せる親友だと思っているのだ。
しかしエドワードが愛を与えるにふさわしいと選んだ女が頼りにしているのは、その親友だ。
密やかな文通によって愛しい女と親友は着実に心の距離を縮めている。
まあ、そうした気持ちのすれ違いはよくあることだ。エドワードだってそんなことくらい知っているはず。経験したことはなくとも感覚でわかっていることだろう。
だって前世では婚約者のグロリアを大事にすることもなく、聖女に真実の愛を捧げたのだから。
する側とされる側の違いはあれど、愛や執着なんてものはその程度のものなのだと、彼はよく知っているはずだ。




