第72話 本望だろう?
手に持った本をパラリとめくる。
その静かな音をかき消すように、ベッドからは実に楽しそうなエドワードの息づかいが聞こえてきた。
エドワードの愉悦は単純に性行為を楽しむものに加えて、自分の寵愛を受けるための争いにグロリアが負け、ベッドから締め出されていることへの暗い喜びもあるだろう。
だが薄暗い天蓋のなかでの獣じみた睦み合いをうらやむ気持ちなど、グロリアにはない。
暖炉の温かさにのびのびと手足を伸ばしながら、グロリアは紅茶を一口含みアールグレイの爽やかな渋みを楽しんだ。
ベルガモットの香りが鼻に抜け、結婚式の疲労がすぅっと肩から抜けていくようだった。
(うわあ……子種が欲しいかって聞いて懇願強要とかえっぐぅ……)
一緒になって本を読んでいたA子が、ベッドから漏れ聞こえた言葉を拾って引きつった声を上げた。
グロリアにもそのやり取りは聞こえていた。あれが自分だったらば、子種云々を言われる前にベッドから蹴り出していただろう。
ただ彼らの声は復讐が成就しつつある証でもあるので、下品な問いかけも死にかけのカエルのようなうめき声も広い心で許容できた。
(あの行為はちょっと……ケイトに対してえぐみ強すぎない?)
と言いながら、A子がほうれん草の映像を見せてくる。
意味がわからず首を傾げれば、(あく抜きを忘れて茹でるとめっちゃえぐいじゃん)と返された。
野菜の調理法など知らないが、A子の言いたいことはなんとなく伝わった。
ケイトに対する復讐方法が気に入らないか、もしくはエドワードだけが楽しそうなことが不愉快なのだろう。
本当は……と、今世の卒業パーティーを思い出した。
エドワードがケイトをエスコートするように誘導し、前世のパーティーでの出来事をなぞるように〝真実の愛〟を謳わせようと思っていた。
前世と違って今のグロリアには信用がある。導き手としての信用も、王太子の婚約者としての信望も厚い。
対して、そんなグロリアに寵愛されながら裏切ったケイトや、元から信頼のないエドワードを周囲はどういう目で見ることか。
そうやって舞台を整えて、彼らを裏切り者として断罪する。
そんな復讐を予定していたが、メロディが凌辱されたと聞いた時のケイトが自分の職務と彼女への悪感情を忘れて同情していたのを見て、考えを変えた。
つまりケイトは、それを恐れている。
ならばそれを味わってもらおうではないか、と。
(でもそれって、なんかちょっとグロリアのいう復讐とは違う気がするけど……?)
A子の疑問に、紅茶を一口飲んで首を傾げる。
ヒロインのようにそのへんのごろつきに犯されるわけではない。
次期国王の相手をして、跡継ぎを産むのだ。光栄なことだろう。国にとって〝特別〟になれるのだから。
それが嫌なら――と、グロリアは暖炉の熱で十分に温まった足を組んだ。
それが嫌で、理不尽だと思うのなら、ケイトは前世で〝使われること〟を望むべきではなかったのだ。
親や他の使用人に見捨てられた可哀想なお嬢様のために専属メイドとして張り切って仕事をし、のちに神の涙を作った紫の導き手として平民救済の象徴になったグロリアに心酔したように、ケイトは弱者や正義のために尽くすことが好きだ。
前世では弱者に寄り添い癒しの力を使う聖女を神聖視していたし、そんな彼女が真実の愛によって王太子と結ばれることを心から祝福していた。
二人が力を合わせれば、平民を虐げる貴族を国から一掃できると信じていたからだ。
まずは聖女のことを虐げ、母のカイラを救ってくれなかったグロリアから。そんな思いで卒業パーティーの断罪に参加したのだろう。
国、正義、弱者救済、友情。
ケイトはそれらを象徴する聖女と王太子に特別目をかけられることを望み、そのために使われることに自ら進んで名乗りを上げた。
だが雇用主の情報を流すことは常識的な職務か?
主を裏切って偽の証言をすることや、人に濡れ衣を着せて処刑する手助けをすることは、正義を標榜する者がすることか?
平民には平民の、貴族には貴族の領分があり仕事がある。そうした線引きをきっちりして雇用契約を結び、契約内の仕事しかさせなかったグロリアのほうがよほど真っ当だったと思うのだが。
それにグロリアは、その領分の中で、グロリアなりにケイトをかわいがっていた。
――……かわいがっていたのだ。
パチンと暖炉の薪が爆ぜた。
しばらく静かだったのに、再びせわしない息づかいが漏れ始め、今度は真実の愛を懇願させるエドワードの悦に入った声が聞こえてきた。
どうせ跡継ぎは必要なのだから、下手な言葉遊びなどせずさっさと済ませればいいものを。
(うん、えぐみマシマシー……)
嫌なら耳をふさげ。と、グロリアはA子が脳内で積み上げた青臭い草を蹴散らしながら言った。
前世のケイトは国を良くするために使われたがり、そのためにグロリアを裏切った。
だから今世ではグロリアもケイトに対して、そのようにする。
その体も、心も、国のために使う。
跡継ぎがいなければ国が揺らぐとわかっていて、王太子はケイトを選び王太子妃であるグロリアを拒んだ。
国のためにならないそのわがままの尻ぬぐいは、指名されたケイトがきっと喜んでしてくれることだろう。
なぜならエドワードに犯され子種を懇願することは、跡継ぎを必要とする国のために重要なことなのだから。
そしてそれはケイトが孕むまで続けさせる。
今回の性交でケイトが妊娠しなければ、するまでさせる。
産まれた子が女であれば男が産まれるまで続け、エドワードが求めたらすぐに股を開かせる。
国のためになることならば、スパイや証言の捏造など正義や常識のないことでも喜んで従ったのだ。今世でもそういう立場をこのグロリアが与えてやろう。
その子宮まで国に捧げ、使われるがいい。
使われたがりのケイトにとっては本望だろう。
それをえぐいと言うのなら、耳をふさいで、意識の奥に引っ込んでいろ。咎めはしない。
そう言うと、A子は苦笑とともに肩をすくめる気配をさせた。
(一回だけグロリアの体でヒロインと話した時、ついでみたいにケイトを追いつめた私が逃げるわけにはいかないよ)
その時グロリアの味方するって決めたんだもん。と、さっぱりした声でA子は続けた。
(ずっと一緒にいて、見届けるよ)




