第70話 ――俺はお前を愛さない
王太子の結婚式だというのに全く注目されない式を終え控室へ戻ってくると、王太子が歯噛みしながらグロリアを睨みつけてきた。
部屋の外に護衛騎士が立っているが、室内には新郎新婦を思いやったのか親族も付き従う従者もおらず、室内は完全にエドワードとグロリアの二人きりだ。
結婚式の余韻を引き継いで部屋の外はざわめいているが、内はしんと静まり返っている。結婚式直後の若い二人の甘やかな雰囲気など全くなく、むしろエドワードの視線のせいで殺伐としていた。
そんななかエドワードはソファにドカッと音を立てて座り、そっぽを向いて言った。
「この結婚は形だけのものだ。――俺はお前を愛さない」
(え、ええ⁈ ほんとにそんなこと言うの? お前を愛さない系ヒーローってマジで存在したんだね……!)
びっくりして思わず叫んでしまったらしいA子の言葉に、笑う。
A子は驚いているけれど、グロリアはこの男なら必ずこういうことを言うだろうと思っていた。
なにせ前世ではブライアンに組み伏せられたグロリアを見下しながら聖女の肩を抱き、「真実の愛を見つけた」とのたまった男である。
グロリアはむしろそうした言葉を引き出したくて、今まで彼の無力さを際立たせるために精力的に動いていたのだ。
王太子としてのプライドだけは高く、何をさておいても自分が注目されていなければむきになる。人に囲まれ、ちやほやされることで自分の価値をはかっている。
そのくせ重圧には弱く、苛立ちと焦燥を感じれば外に強い態度をとる。
聖女の優しさにころりと転がされて依存するような、芯の弱い男だった。
グロリアが彼に対して特に何かしなくとも、こちらが功績を上げ目立てば目立つほど勝手に追いつめられて、グロリアより精神的優位に立とうとするはずだ。
導き手、王太子の婚約者、公爵家の代理当主としての実績。そのうちのどれにも太刀打ちできなかった彼は、唯一上に立てる部分で対抗しようとするだろう。
具体的には、グロリアの女としての価値を貶める発言をするはずだと思っていた。
導き手としても王となるべき者の伴侶としても、不貞は絶対に許されない。
結婚した今、グロリアはエドワードにしか愛を求めてはいけないし、愛を与えてくれるのはエドワードだけなのだ。
そのエドワードから「愛さない」と告げられれば、女としてどれほど屈辱だろうか。
グロリアが今にも泣き崩れて足元にすがることを思い描いたのだろうか、王太子の顔は暗い笑みに歪んでいた。
だがグロリアは表情を変えず、「わかりました」と導き手のペンダントに手を添えてうなずいた。
「では、殿下は誰なら愛せるのです」
問いかけながらもグロリアはエドワードの答えはわかっていた。
きっと「ケイトだ」と答えるだろう。
導き手であり未来の王妃であるグロリアはこの世の女性の頂点といってもいい。そんなグロリアよりも、付き従う侍女のほうがいいというのは普通ならば屈辱だろう。
ケイトへの好意ももちろんあるのだろうが、頭の中ではきっとそんな計算もしているはずだ。
「いつでも俺を見て癒しをくれるケイトなら、俺は心から愛することができる。ケイトへのこの心の熱こそが、真実の愛だ!」
グロリアへ手痛い一撃を与えられたと思ったエドワードの顔は、清々しいほど明るい笑顔だった。
真実の愛。そうだろうとも。
……と、グロリアも神妙な顔をしながら内心で彼を嘲笑った。




