第67話 ブライアンと聖女
教会の入り口では昼の炊き出しが行われていた。
今回の事件で一家の稼ぎ手を失った者や、両親を失って孤児になってしまった子供たち、復旧作業に従事した者たちへ昼食を振る舞っているのだ。金を出しているのは領主であるポールだが、指揮しているのは彼の秘書のような立場になっているカイラである。
目を離しても裏切ることはない。とグロリアが送り込んだカイラとポールは、今では公私共に支えあう仲になっているようだ。
炊き出しを指揮するカイラのもとへケイトを行かせようとしたが、その前にポールがグロリアの周りに立つ護衛騎士を確認しつつ渋い顔をして口を開いた。
「会っていただきたい人物がいます。個人的には捨て置きたいのですが、まあ、そうもいきませんので」
そう言って後ろを振り返り、手で合図をして呼んだのはブライアンだった。会うのはメロディが導き手のペンダントを引きちぎった日以来だ。
左拳を胸に当てて頭を下げたブライアンの赤毛は薄汚れていた。侯爵令息としての気品など見る影もない。
かろうじて自力で立っているが、足に添え木を当てられ包帯が巻かれている。
右腕は三角巾に吊られており、グロリアの許可を得て上げた顔は腫れあがって紫色になっていた。右目は眼帯に覆われている。
「ずいぶんと悲惨な姿だな」
「……自業自得です」
ブライアンは腫れあがったまぶたを無理やりこじ開けて、左目でグロリアを見つめ返した。A子には「脳筋騎士」と呼ばれるブライアンの青い目は、今は奇妙なほど静かだった。
「彼から報告が」
ポールに促されたブライアンは、切れて血が滲んだ唇を開いた。
「聖女判別式の結果ですが……メロディじょ……いえ、メロディに癒しの力は確認できず、聖女を詐称していた、ざ、罪人……で、あった、と、判明いたしました……」
絞り出すように告げるブライアンの悲壮感に対して、それを見つめるポールの目は冷めている。
もちろんグロリアの心中もポールの視線以上に冷めているし、以前メロディの中身への共感性羞恥に悩まされたA子の反応もしらっとしている。
ブライアンはメロディが聖女であると信じていた。
同じくメロディを信じていた王太子の命により、立会人としてこの地についてきていたのだろうが、ポールを含めたこちら側の人間たちは、でしょうね、といった様子である。
しかしグロリアに命じられていたとはいえランチを一緒に取ったりと、それなりに長く付き合いがあったケイトだけは、ブライアンの満身創痍なその姿に少なからず衝撃を受けたようだった。
「ざ……罪人として王都へ連れていき、首を切る、のが通例ではありますが、メロディは……」
腫れた目からとめどなく涙を流しながら、ブライアンは息を吸った。
「メロディは、聖女をか、騙ったと、暴徒たちにばれ……その夜、捕らわれていた天幕に押し入った暴徒どもに……」
無事な左手で涙を拭い、ブライアンは胃の腑の底から無念さを吐き出すように、「俺は間に合いませんでした」と言った。
「いや……間に合わなかったというよりも、ほんの一瞬、俺は……メロディを、う、疑ってしまった……!」
慟哭のようなブライアンの心情の吐露を、グロリアは神妙な顔をしながら右から左へ聞き流す。
「俺は聖女だって信じているけど、でも、本当は、……もしかしたら本当に、詐欺師だったんじゃないかって……俺を……王太子殿下を騙していたかもしれない女を、聖女じゃないメロディを、助ける、必要は……あるのかって……」
大仰なしぐさで涙を流すブライアンの独白は止まらない。
吐き出さなければ己を保てないのだろう。それほどメロディに依存していたのだ。その依存度の高さは前世からわかっていた。今世でもやはりそうなのだと理解した。
だがグロリアの心情は、A子が脳内で言った(知らんがな)の一言に集約されている。心底どうでもいい。
「……迷ってしまったら、間に、合わなかった。一瞬遅れて助けに向かった俺は取り囲まれてこのざまです。メロディはさらわれ……よ、よ――……」
「翌朝、近くの川で遺体となって発見されました。死因は首を切られたことによる失血死です」
言葉に詰まったブライアンに代わって、事前に報告を聞いていたポールが詳細を語る。
「淑女の耳にお入れするのは憚られますが、まあ、罪人とはいえ若い女性ですので……無理やり純潔を奪われたような痕もみられました。そのあと暴徒たちは聖女詐欺の罰に則って、首を切ったようです」
グロリアの背後でケイトが息を飲んだ。
何かと突っかかられ、聖女を騙りグロリアに無礼を働いた女ではあるが、それでも同性として、クラスメイトとして、その末路はあんまりだと思ったのだろう。
「ただ暴徒たちの粗末な武器ではギロチンのように一瞬で首を断ち切るというわけにはいかず、刃の傷は首の半ばで止まっていました」
串焼きの煙が風に散らされ、豚肉の獣臭い油の臭いがする。
――失血死するまで時間がかかったようです。
そっと言い添えたポールのかすれた声が、炊き出しの列に並ぶ人々のにぎやかな声に交じった。




