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グロリア・フォン・コードウェルの断罪と復讐(書籍版:悪役令嬢グロリア・フォン・コードウェルの断罪と復讐)  作者: 万丸うさこ


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第66話 聖地へ

 導き手のペンダントの修理を待ってから各所との連絡とスケジュールの調整をしたのち、グロリアは〝元凶の破門〟という結果とともに神の涙の聖地へと赴き、暴徒の鎮静化に成功した。


 戦場と化していた現地は荒れており、完全に瓦礫になってしまった建物もある。

 幸い醸造所は無事だったが、建設途中だった教会はところどころ壊されてしまっていた。


 割れた窓や穴の開いた壁に、暴徒たちの神の涙への期待と、それを裏切ったセドリックへの怒りの強さが見て取れた。


 「予想より早く決着がつきました。被害も覚悟していたよりは軽くて済みそうです」


 最後に会った時よりもげっそりしたポールが、教会の奥へとグロリアを案内しながら言った。

 やつれてはいるが、暴徒たちの問題が解決したためか顔色はまあまあいい。


 「ハトルストーン家からの賠償金も想定より多かったので、余裕を持った復興計画が立てられそうです」


 「崖っぷちの彼らはここで金を惜しめば貴族生命が危うい。とはいえ、我々も被害者たちにはしっかりと手当てをしなければならない」


 廊下を歩くと破壊された木材の破片や砂が靴の下でじゃりじゃりと音を立てた。

 破壊された壁からは青空が見える。


 一応はグロリアの訪問に合わせて掃除はされたらしいが、これでは掃き清めても焼け石に水だっただろう。前を歩くポールも、後ろをついてくるケイトの足音も騒々しい。


 鉄のさび臭さが鼻先をかすめていったかと思えば、室内だというのにすっと吹き込んだ風がそれを一瞬で拭い去る。


 ここだけは暴徒たちも壊すのをためらったのか、礼拝堂には被害がない。整然と置かれたベンチに座った信者たちが、手を組み首を垂れて祈りを捧げていた。


 明り取りの窓から差した日の光と、中庭から響いてくる鐘の音が、静かにうなだれた信者たちに降り注ぐ。


 分銅が金属に当たった瞬間の硬い音。それが周囲に伝わっていく時に耳を揺らすように震える音は、人の心をじわりと陰鬱にさせるものがある。


 時を知らせるためではなく、鎮魂のために鳴っているからだろう。


 この音は、暴徒たちとの和解が決まってすぐに簡易的に作られた小さな鐘楼で鳴っている。そこに設置された慰霊碑には今回の事件で亡くなった人間の名前が刻まれていた。

 暴徒たちは矛を収めたとはいえ、怪我をした人間も多い。これからも名前は増えるだろう。


 この慰霊碑の一番初めに刻まれている名は〝ジェフ〟だ。

 ただのジェフ、平民のジェフ。

 だが教会の鐘を暴徒たちから守って死んだ、偉大なるジェフ。


 セドリックとハトルストーン伯爵家にとどめを刺したジェフ。


 阿諛追従(あゆついしょう)ばかりで役に立たない貴族たちに比べ、その命はグロリアにとってよほど役に立った。


 導き手たるグロリアがジェフの行いに涙を流したという話が広まって、この鐘は〝ジェフの鐘〟と呼ばれていた。祭日には慰霊碑に刻まれた名前の数だけ鳴らされる。


 「やりきれない音だ」


 鐘の音に耳を澄ませつつ呟けば、ポールは痛ましげな顔をしてうなずいた。


 暴徒の代表者とグロリアの会談に立ち会ったポールは、事の仔細をよく知っている。原因がセドリック・フォン・ハトルストーンという男の実に不愉快な行動によるものだとわかった時は、うめき声すら上げられずに固まっていた。


 「起こらなくともよい事件でしたな……」


 「神の涙の聖地を守ろうとしたのは暴徒たちも同じ。とはいえ……血が流れすぎた」


 導き手のために、聖地を奪還する。

 お題目はとても麗しいが、セドリックのことを調べることもなく短絡的に領に攻め入り、全く関係ない領民の血が流れた時点で褒められる点は何ひとつない。


 土地は荒れ、建物は破壊され、騒動に便乗してごろつきが多く流入してきて治安は悪くなった。それらを回復させるのに金もかかる。

 人が死ねば損失も大きい。それが特別な技術を持った人間だった場合は、後継者が育つまでに年単位の時間がかかる。


 「これから皆が事情を知ることになる。そうなれば暴徒の呼び名もまた変わっていくはずだ。特に亡くなった者たちは〝殉教者〟と呼ばれるようになるだろう」


 世界中にこの事件の詳細が知れ渡るにつれ、セドリックの悪名(破門)も知られることになるはずだ。


 セドリックとハトルストーンを社会的に殺した今となっては暴徒たちのことなどどうでもいいが、その行動をたしなめつつも亡くなった命に対して涙のひとつでも流してみせて、彼らの名誉を回復してやるのが導き手として正しい姿だろう。


 グロリアが復讐のために風を吹かせたのだ。目的を果たしたのだから、手当はきちんとしようではないか。


 「まずは我が領からだな。領民も暴徒も、死者は我が領では殉教者として扱う。慰霊碑には平等に名を刻め」


 胸に下がった導き手のペンダントに手を添えてそう断言すれば、ポールがその場に片膝をついて頭を下げた。


 領民も暴徒も、グロリアにとって等しく有象無象である。領民へのひいきも、攻めてきた暴徒たちへの悪感情もない。

 死んだ人間の名前を石に彫るだけで信頼を得られるのならば、安いものだ。


 身を飾ることが信仰心の可視化に繋がるのだと信じて高い買い物をしていた男の丸い顔を思い出しながら、グロリアは埃っぽい空気を吸った。


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