第62話 毒の効き目
「――そうだな、私が言った」
冷めた紅茶でのどを潤してから、グロリアは続けた。
「神の涙の販売と流通は信仰を集めるためのもので、信仰を集めるということは金を集めるということだ。確かにそう言った」
理想だけはあるそれ以外は何もないセドリックの空の器を、聖女ではなくグロリアが満たした。
だからセドリックは知識を集めた前世とは違い、今世ではその器を金で埋め始めた。
彼の丸い顔を見ながら、グロリアは執着するものが変わるだけで体型までも変わるのかと、話題の中心とは外れたことを考えながらうなずいた。
「だがそれ以上に〝誰のため、何のために集めた信仰を使うのか〟が肝要だと、何度も言ったはずだがな」
器を満たすついでにセドリックに一滴の毒を含ませたのは、確かにグロリアだった。
たった一滴だというのに毒はよく効いて、ことあるごとに熱を出し、ついには同じ毒を自ら好んで飲み干すようになっていった。
その様子を観察するように眺めてはいたが、グロリアは毒だけ与えて完全に放置したわけではない。
解毒剤に相当する言葉は、彼が熱を出すたびきちんと与えていたはずだ。常人にならば、何度目かの言葉で効力を発揮しただろう。
しかし自らを飾ることが正解だと信じているセドリックは、グロリアが言った言葉をこの期に及んでも理解できないようだった。
彼は床に座り込んだまま、ぽかんとした顔をグロリアに向けた。
「……ええ、だから、身を飾ることが信仰の可視化に繋がると、そう言われていたから、僕は……自分の見栄えをよくするために使いましたが……?」
「そんなことは言っていない」
心底失望した。という顔をあえてしてみせながら、続ける。
「目に見えない信仰心を見える形で民に還元することと、聖職者やそれに類するものが装いに気を使うことは同じだとは言った。だが自分を飾り立てることを是と言ったことは一度もない」
ケイトとエイブラムに「そうだな?」と問えば、確かにそうだと二人はうなずいた。
セドリックと会う時にはいつもどちらかが立ち会っていたから、彼らはグロリアの言葉を証明できる。
「たとえば私は集めた金を使って、民衆のために病を研究する施設を建てた。その時に身なりを整えたのは、襤褸をまとい垢じみた姿の女が大金を使い研究所を建てると言っても、誰も信用しないからだ」
それを建てるための土地を売ってくれと言っても、ただ大言壮語を吐く馬鹿だと思われて無視されるだけだろう。
コードウェル公爵家と紫の導き手という名で地主に面会を取り付けることができたとしても、相手はそんな身なりの女が本当にグロリア・フォン・コードウェルなのか疑問を持つはずだ。
グロリア一人が疑われるだけでなく、地主とグロリアを繋いだ誰かの身分も疑われるかもしれない。
「反対に、自分は貧民救済のための慈善事業に命を懸ける他愛主義者だと主張する女が、肥え太り、目に眩しいほどの派手な装いをしていたとして、その言葉の清廉潔白を信じられるか?」
グロリアは床についたセドリックの手を見下ろした。否、見下した。
ランチタイムで優雅にティーカップをつまんでいた彼の指は太くなり、むっちりとした肉に金の指輪が埋もれている。
「その指に金の指輪が光るのはなぜだ? いったい何をするために金のボタンとダイヤのベルトで身を飾ることが必要だったのだ」
「そ、れは……」
「暴徒たちに対して信用がないと言っていたが、お前はどうだ。お前のその装いで、その見目で、神のために金を集めていると言って誰が信用する? まして聖地を自分のものだと偽ってまで得た金を、お前は何に使ったのだ」
セドリックは床についた手をぎゅっと丸めた。
金の指輪を隠すようなしぐさだった。
グロリアにはそのしぐさが理解できない。
グロリアが画策した結果、死人が出た。
それに対してA子が申し訳なさに顔を覆う気配を見せたが、グロリアはだからどうしたと心の中で鼻を鳴らした。
きっと誰かにそれを知られて指摘されても、同じように鼻を鳴らして胸を張ってみせるだろう。セドリックのように後悔して背中を丸めたりなどしない。
誰かに指摘された程度で自らの行動を恥ずかしいと思うことが、グロリアには心底理解できなかったのだ。




