第59話 情報
「暴徒の正体はわかった。なぜ暴徒化したのかも、どうして聖地を襲ったのかも」
エイブラムはテーブルに額を打ち付けそうな勢いで頭を下げた。
義憤に駆られた信徒たちを、教会は罰することはできないだろう。
しかし国は違う。他国の国民が我が国の領土を襲ったのだ。しかも国の中でも重要な土地、神の涙の聖地を。
国として守りがおろそかだったとは言えない。なぜなら聖地を守るのは教会の役割だからだ。ある種の治外法権が成り立っていて、教会から派遣された聖騎士たちが聖地を守るのが慣例である。
領地を治めるポールも醸造所を中心に警備兵を配置してはいたが、教会に遠慮はあっただろう。この世界の人間であれば教会を無視して動くわけにはいかないのだ。
抗議をするにせよ攻め返すにせよ、事この件に関して、国は失態を演じた教会の意見をこれまでのような従順な姿勢で聞くだろうか。
エイブラムは現地の詳しい情報を持っていた。怪我人だけでなく死人まで出たという話を聞き、グロリアは思わず口元を押さえた。べつに悲しかったわけではない。
グロリアが最終的に得たい結果を、問題なく獲得するための情報が手に入ったからだ。
グロリアがこれまでに持っていた情報だけでも、貴族派と教会派のバランスは大きく崩れたことがわかっている。
そこを突けば間違いなくハトルストーン伯爵家の威勢は削ぐことができるはずだ。それだけでも十分だったが、復讐は常に臨機応変に行うべきだ。
偶然得た情報も、相手を追いつめるために有効利用しなくてはならない。
そして今エイブラムから得た情報は、間違いなくグロリアにとって有益だった。
エイブラムとさまざまなことを話し合っていると、激しいノックの一瞬後に部屋に入ってきた者がいた。
扉の前に立っていたはずの聖騎士を押しのけて入ってこられる人物といえば、そう多くはない。
「何をしに来た!」
エイブラムが立ち上がって吠えるように叫んだ。
「セドリック!」
久しぶりに顔を合わせたセドリックはグロリアを見つけると、強張った顔をして頭を下げた。
そして頭を下げたままよろよろと手をついたのは床である。
「グロリア嬢! すまない! これは何かの間違いで、とにかく、謝罪をしたいんです!」
「やめろセドリック! 自宅で大人しくしていろと言っただろう! なぜ……何をしに来たんだ!」
聖騎士に目配せしつつセドリックを床から引きはがそうとしたエイブラムを、グロリアが止めた。
セドリックを止めるために入ってきた聖騎士にももう一度扉の前に戻るように言い、床に手をつくセドリックの頭をソファに座ったまま見下ろす。
「久しぶりだな」
声をかければ、セドリックはパッと顔を上げた。その顔の輪郭はゆるく丸い。
膝を床についた彼の腰回りにも肉がついていて、ベルトの上に腹の肉が乗っていた。そのベルトのバックルで光っているのは大粒のダイヤモンド、床についた手の袖口には金ボタン。
「とても元気そうだ」
泣き笑いのような顔でセドリックがグロリアを見上げた。青ざめた頬には肉が詰まり、まぶたはむくんでいるのか腫れぼったい。
グロリアの目を見返す翡翠のような緑の瞳だけが、かつて精悍だった頃のセドリックの名残をとどめていた。




