第57話 理由
神の涙は、神の血と同じく教会がその生産・流通の決定権を持つ。とはいえ技術を提供したグロリアも、その決定権の一部を教会から与えられていた。
グロリアが王妃となっても有効な権利だが、その子供には受け継がれずグロリアが死ねば教会へ返される。そして当然だがコードウェル公爵家もその権利を持たない。
グロリアは教会が提供するよりもほんのわずかに低い値段で技術提供に応じていた。
元よりそれで金を儲ける気はなかったし、平民に寄り添った紫の導き手としてはこれ以上ないパフォーマンスにもなる。
そしてグロリアは直接そういった商談はせず、方針だけを決めてハトルストーン家に一任していた。つまり、グロリア専属の窓口だったセドリックに。
ハトルストーン家はセドリックを王太子の側近にすることを早々にやめ、将来の王妃であるグロリアを支えることで王家との繋がりを持つ方に方針転換をしていた。
グロリアの側近として今のうちにセドリックの顔と名を売ることができる提案は、ハトルストーン家としても望むところだった。そしてそれはうまくいっていた。
そうした活動の全権利をセドリックに渡して、グロリアが父親の喪に服すまでは。
「愚弟は技術提供先であったいくつかの国に高額な報酬を求めました。その額で仕入れた技術で作った神の涙は、到底平民には手が届かないほどの高価な代物になる。しかし金額の決定権は技術を持つ教会、つまり愚弟にある。神の涙を得るには、その条件を飲まねばなりません」
神の涙は教会にとって久しぶりに掘り当てた新しい金脈である。だが流通しなければ意味がない。
そうした生臭いことを抜きにしても、信仰のために神の涙を普及させることは重要なことでもある。
ホワイトホープ教はまず流通させよと信徒たちに号令をかけ、当然各国首脳陣は受け入れた。拒否すれば破門が脳裏をちらついただろうし、新しい経済を取り入れることは拒否することでもない。
教会が主導した国は適正価格で技術を手に入れたが、セドリックが担当した小国は違った。
元は平民のための酒だったはずなのに、気づけばその国の王侯貴族しか飲めない高価な代物になっていた。
「神の涙に対する不満が一部の他国にあるのはわかった」
ケイトがティーカップをテーブルに置いた。アールグレイの香りが立ちのぼる。
「だが、なぜ聖地を襲った? 値をつり上げたセドリック本人か、彼が生まれ育ったハトルストーン家が標的ではないのはなぜだ」
ハトルストーン家は領地を持たない貴族である。本拠地は王都であり、仕事場は教会だ。
だがそうしたハトルストーン縁の地が襲われたという話は聞かない。
「それは……」
ためらって瞳を揺らすエイブラムに、グロリアは指をあごに添えて首を傾げた。
「包み隠さず話せ。でなければ今日、私はお前に会ってすらいないことになるだろう。問題を起こしたのはそちらなのに、門前払いとはずいぶんと礼を失した態度だな?」
エイブラムはぐっと口元を引きしめた。こめかみがわずかにへこみ、食いしばった奥歯が砕ける音が聞こえてきそうだった。
彼は心のどこかでグロリアを与しやすい相手だと侮っていたはずだ。
確かに導き手に足る偉業は成したかもしれないが、無欲で、世事に疎く、セドリックに権利の全てを渡してしまうような浮世離れしたところがある……と。
今まで彼らハトルストーン家は、こうした世渡り下手な聖人君子たちを管理し、利用する側だったのだ。
先ほどメロディに温情を見せた時、彼はいち信者としては優しいと思っただろうが、それがゆえに貴族としては付け入る隙は十分にあると考えたはずだ。
もしもグロリアが心の底から人々の安寧と平民のための平和を望む女であれば、きっと身をすくませるエイブラムに救いの手を差し伸べただろう。
けれど自分はそうではない。
導き手に任じられてはいるが、世界の平和など心の底からどうでもいい。
高潔な人間に見えるように振る舞ってきただけのまがい物である。
そして前世で父の罪をグロリアに着せたセドリックを止めるどころか、〝聖女様のために〟を盾にして、教会の捜査を止めて政敵の娘を処刑させたハトルストーン伯爵家を、グロリアは許していないのだ。
導き手と同じく、聖女はホワイトホープ教から認められた唯一の存在である。
それを傷つけることは教会に牙をむくことと同義であり、粛清の対象となる。たとえグロリアが隣国の国王の孫娘であっても、だ。
グロリアの処刑にはこの国の国王はもちろん、隣国の王の承諾書もあった。
グロリアは聖女や王太子たちが声高に叫ぶ平等のとおりに彼女をいち貴族の娘として扱ったが、彼女たちは聖女に与えられた最上級の権利を行使したのだ。
今度はグロリアがその権利を行使する。
そしてハトルストーンに甘い汁を吸わせる気はない。
「……」
エイブラムが言わなくとも、暴徒が聖地を襲ったわけをグロリアは知っている。
セドリックの高じた信仰心のせいだ。技術提供で値をつり上げた以上の、神への冒涜と誹られても仕方のない行いをしたのだ。
そしてエイブラムはこれまでの会話で、グロリアがそれを察していることを知っただろう。
彼は弟をかばうのか。もしくは切り捨ててハトルストーンを守るか。
視線をテーブルに落として額にじっとりとした汗をかくエイブラムの様子を、グロリアは無表情で見つめた。




