第50話 グロリアだったら、
いくら脳内でグロリアを呼んでも返事がないし、周りに本当の味方といえる人はいない。
私がやらなきゃ。と、A子は思った。
たぶんグロリアだったらすぐに涙を止めることができるだろう。むしろ泣くことなんてなかったはずだ。
だけどA子にはそれができない。日本で生きていた時から泣いたら泣きっぱなしだったような気がする。
A子は涙を止められない。
じゃあグロリアならどうするだろう。
きっとグロリアだったら、涙の一粒も復讐のために無駄にしないに違いない。
だから、
「殿下……」
と、震える声でエドワードを呼んだ。
「殿下が私を嫌っているのはわかっています。ですがこれは、あまりにも……」
「い、いや……」
衆目を気にして慌てて否定しようとするエドワードにかまわず、A子は続けた。
「導き手たる私を婚約者から排し、聖女として彼女を据えようというのでしょうか? 横領などとありもしない罪を私に着せて彼女に糾弾させることで、その地位を盤石にできるとお思いですか……?」
「違う! 俺はそんなこと考えてない! メロディの言ったことは初耳だ! そうだなブライアン!」
導き手への暴力を呆然と突っ立って見ていただけの騎士気取りに、エドワードは慌てて同意を求めた。
こんな二人をかっこいいと思っていた自分に、A子は心底がっかりした。
「ではなぜ彼女は突然横領などと言い出して、導き手の証であるペンダントを奪うのです。……このようなこと、ただの男爵家の娘が一人でできることではありません」
流れた涙をぬぐい、しんとなった空間にぽつりと声をこぼす。
――誰かに言われたとおりのことを、しただけなのでは?
「だとしたら彼女はただ、無知で、何も知らない……同情されこそすれ責めるべきではない……かわいそうな人なだけ」
ペンダントを握りしめたまま般若のような顔をして立つメロディを、A子はことさら憐れむような目で見上げた。
メロディの中の転生者は、屈辱を、感じてくれているだろうか。
王太子たちは、常識をどこかへ置いてきたようなメロディをかわいがるだけで窘めなかった自分たちの行いを、後悔しているだろうか。
今や彼らは学園中の人間から疑惑の目で見られている。
「ケイト……ケイト……やはり私にはお前しか頼れる人がいないようだ……私の大事なものを、ちゃんと、返してもらってくれ」
ぽろり……と、A子は最後の涙をこぼして、顔をくしゃくしゃにしたケイトに頼んだ。
A子が向けた視線の先にはメロディが掴んだまま放さない導き手のペンダントと、エドワードがいる。その含みを、ケイトはちゃんと読んでくれただろうか。
中身がグロリアではないグロリアができるのは、これが精一杯だった。




