第43話 聖女
「聖女、ですか……」
教会伯爵と異名をとるハトルストーン伯爵家の嫡男であるエイブラムは、伯爵本人ほどではないにせよ教会内の出来事の多くを知っている。斜め上に視線を上げて最近の記憶を確認すると、顔をしかめて首を振った。
「司教様に確認は取りますが、まず間違いなく教会は認めていません。名をご存じですか?」
「メロディ・フォン・ソールズベリー。ソールズベリー男爵の養子として学園に入学し現在三年生だが、私はあまり詳しくない。……ケイト」
ソファに座ったグロリアの後ろに立って控えていたケイトに声をかけると、彼女は静かにうなずいて一歩前に出た。
「私が説明してもいいが、理由があってソールズベリーは私を快く思っていないらしい。彼女には近寄ることもできないのでな。件の女生徒と同じ下位クラスのケイトのほうが詳しく話せるだろう」
グロリアに紹介されたケイトは深々と一礼すると、メロディのことを話し出した。
入学式に〝おもしれー女〟としてブライアンに気に入られたメロディはその後、彼を踏み台にして王太子に近づいた。
エドワードはたいそう彼女を気に入り、ブライアンと三人一緒にいるところを学園の生徒のほとんどが目撃している。
そんななかグロリアの頼みでメロディをそれとなく牽制するため近づいてきたケイトのこともエドワードは大のお気に入りで、学園では常に側に置くようになった。
最初は歓迎していたメロディは、自分から王太子を遠ざけようとするケイトの様子を見て一気に態度が悪くなったとか。
「つまりその女生徒は王太子殿下の寵愛を得るために行動しているというわけですか」
眉間にしわを寄せたせいでずれた眼鏡を直しつつ、エイブラムはため息をついた。
グロリアはうなずいた。
「おかげで婚約者である私は嫌われているようだ」
独占欲の強そうなメロディだが、印象操作という言葉を知ってはいて、それを実行することも一応はできるらしい。
下級生のこまごまとした悩みや相談に乗って、それを解決する時に「生まれてくる時に神様からこの世のことを頼まれた」などと言って自身に神聖な力があると臭わせているようだ。
決して私欲のために王太子といるわけではない。
神からの啓示を受けたときに一緒に行動していたほうが都合がいいのだ。というようなことも言っている。
実際に下位クラスの誰かの領地が水害によって大打撃を受けた時、的確な助言をして王太子とともに窮地を救ったこともあったらしい。
めずらしく陛下がグロリアを呼び出して息子自慢をした時に、そんな話を聞いたことがあったのを思い出した。
(乙女ゲームのエピソードのひとつなんだよねえ……それ。助言っていうか、ゲームで知ってた被災から復興までの流れを、自分を上げるためにちゃっかり利用しただけじゃ……)
思わず、といったふうにA子が呟いていた。その推測は正しいだろう。
持っているものをなんでも利用する姿勢はグロリアも嫌いではないが、目障りではある。
それが有効打として決まった場合は、特に。
かわいらしい見た目と天真爛漫な態度。嘘か誠か知らないが、どうやら神の御加護もあるらしい。
そんなメロディを、誰かが「聖女」と呼び始めた。
おそらく最初はただのあだ名だったはずだ。だとしても甚だ不敬ではあるが。
それなのに二年の半ばごろから下級生の下位クラスを中心に、彼女を本気で聖女だと信じる生徒が出始めている。
「もしもその女生徒の力が本当であり、殿下の婚約者が普通の令嬢であったなら殿下のお相手として検討されることもあるでしょうが……」
「教会は紫の導き手たるお嬢様を押しのけて、あのような無知蒙昧で品のない女を殿下の婚約者に据えるとおっしゃるのですか⁉」
「落ち着けケイト。エイブラムの言ったのは〝もしも〟だ」
瞬間的に血圧を上げたケイトは、「しかしお嬢様!」と目をつり上げた。
「あの女は、お嬢様が王太子殿下の婚約者、ひいては未来の王妃であることの正当性を噛んで含めるように言い聞かせても全く納得しないのです! それどころか〝聖女のあたしが絶対選ばれるんだから今に見てなさい!〟と口答えを……!」
そばかすの散った白い顔を真っ赤に染めたケイトの怒声に、エイブラムがひきつった顔で首を振った。
はたしてそれはケイトの顔色に引いたのか、メロディの発言に引いたのか。そのどちらもかもしれない。
前世のメロディであれば、噛みつかれても悲しそうにうつむくだけで噛みつき返したりはしなかった。
クラスメイトがしていた噂を漏れ聞くと、どうやらかわいらしいのは王太子の前だけで、それ以外ではだいぶ態度が違うようだ。
そしてよりメロディたちに近い場所にいるケイトによれば、王太子の前でも人々が思い浮かべるような〝聖女〟の態度ではなく、ただ〝王太子の理想の女性像〟を演じているだけというのだ。




