第39話 桜咲く入学式を終えて
王太子が新入生代表を務めた入学式が終わり、互いの顔を覚えた学生たちのそわそわした雰囲気もなくなってきた。
入学式に満開だった桜は葉を繁らせ、庭でランチをとる学生たちに木陰と憩いを提供している。
この桜を見たA子が脳内で「日本産乙女ゲー!」と泣いていたのが遠い昔のようだ。
「クラスにはもう慣れたか?」
午前の授業を終え、グロリアはランチのために桜の木の下を訪れた。
食事の準備のため先に来ていたケイトに問いかけると、「だいたいは慣れましたが……」と、ケイトは紅茶を注ぎながら困惑したように眉間にしわを寄せた。
公爵家のグロリアは上位クラス、子爵家の養子であるケイトは下位クラスに通っている。
上位クラスは王族、公爵、侯爵、伯爵、下位クラスには子爵、男爵、準男爵と振り分けられていて、今はいないが場合によっては外国の留学生が上位クラスに所属する。
前世では聖女も上位クラスだった。
「何か心配事が?」
ケイトの眉間のしわに気づいて問いかけたのはセドリックだ。
学園内で生徒が自分で用意していいと認められているのは飲み物だけだ。
基本的には学園で販売されている食事を買ってランチとしなくてはならないところを、美食に目覚めたらしく、彼は金に物を言わせてどこかから調達した豪華なランチを頬張っている。
〝信仰の可視化〟という言葉を実に忠実に守っているようだ。
会うたびに「誰のため、何のために集めた信仰を使うのかが重要だ」と言っているのだが、それをグロリアから聞くたびにランチが豪華になっている。
今日はテーブルには食後のデザートまで置いてあった。黒い箱の中身は最近王都で話題のチョコレート専門店のものだろうか。
同席を許した覚えがないのだが、自分のことをグロリアの友人だと思い込んでいるセドリックは当然の顔をして座っていた。
ほかに友達がいないのだと思う。
ちなみに王太子はこの場にいない。
ケイトのことはよく食事に誘ってくるが、「お嬢様と一緒にとりますので」と毎回断られている。彼が婚約者のグロリアをランチに誘ったことはない。
「お二人もご存じかもしれませんが、クラスに少し不思議な方がいらっしゃって……」
ああ、という顔でうなずいたのはセドリックだ。
前世では勉強はできたがコミュニケーションに難があった彼は、今世では商売に繋がる人脈作りに余念がない。よって、かなりの情報通になっていた。
グロリアにも思い当たる人物がいる。
脳内で困惑したような雰囲気を醸し出しているA子にも心当たりがあるようだった。
「ソールズベリー嬢ですか」
グロリアよりも先にその名前を出したセドリックが、渋いものを飲み込んだように顔をしかめた。
メロディ・フォン・ソールズベリー男爵令嬢。前世で聖女だった女だ。
今世では教会もハトルストーン家も彼女とは接点がないようだ。
今世でも彼女が聖女になったというのならともかく、派閥違いの男爵令嬢とは親しくなるきっかけもない。
実際に会って話したことはないが、噂は知っているという程度の関係だろう。
そしてもしも彼女が今世でも聖女になってたというのならば、〝紫の導き手〟として教会から認められているグロリアにそうした情報が入ってこないはずがない。だから彼女が聖女の力を発現したということはないのだろう。
なんらかの理由でその力を隠していないかぎりは。
前世との違いはもうひとつ、実子ではなく養子としてソールズベリー男爵に引き取られていることだ。
聖女ではない〝ただのメロディ〟が貴族の養子として入学するという事態に、A子は乙女ゲームのストーリーとは全く違うと首をひねり、グロリアはメロディが聖女になる流れを断ち切ったはずなのに学園に入学できたことで前世とは違うと首を傾げていた。
乙女ゲームのストーリーにも前世の流れにも一致しないこの奇妙な事実を、人を使って調べる算段をつけたところだった。
「実は彼女がことあるごとに、入学式の時に殿下の側近であるエンベリー様にその……お、おもしれー女だと褒められたんだからね! と私に自慢をしてくるのです……」
ブボホッ! と、A子が鼻水を吹き出す音が脳内に響いた。




