第35話 神の涙と紫の導き手
あと二ヶ月で入学式だが、その前にグロリアは王都にある大教会で〝紫の導き手〟の任命式に来ていた。
〝導き手〟とは教会関係者以外で神の教えを広めるなどして大きな功績を上げた人物に贈られる称号だ。
かつて聖人ホワイトホープがその生涯を閉じたとされる聖地、ホワイトホープ山を蛮族から奪い返した他国の騎士に〝剣の導き手〟として贈られたことがあるが、ここ百数十年ほどは授与された記録がない。
任命されるのはグロリア。
平民のために〝神の涙〟を開発し、神の教えをさらに深く広めたことを称えられての授与となった。
式を取り仕切るのは〝神の涙〟の開発と流通を補佐したことで立場を強めた教会伯爵ことハトルストーン伯爵と、その後ろ盾により新しく王都大教会の司教となった人物である。
新司教が〝導き手〟のシンボルマークに加工した紫水晶のペンダントをグロリアの首にかけると、会場のあちらこちらから感嘆のため息が聞こえてくる。
下げていた頭を上げると、新司教の顔が明るく輝いた。
神の教えが云々という建前のほかに、既存の金脈以外で教会の飯のタネが増えたことが輝く笑顔の理由だろう。
今回の酒の製造・流通がかなりの金を生んだのだ。
真夏の太陽のような輝きを放つ新司教が、グロリアの隣で棒立ちしていた人物にうやうやしくローブを渡した。
フンッと鼻を鳴らして受け取ったのは、入口からグロリアをエスコートしてきたエドワード王太子である。
グロリアが主役の式ではあるが、〝導き手〟という教会でも最も権威ある称号を授けるに足る人物がこの国から選ばれたという意味で、王族にとっても今日は重要な式典だ。
それをわかっていないのか、わかっていても気に入らない婚約者が主役の日など祝う気も起きないのか、エドワードは受け取ったローブをぞんざいにグロリアの肩にかけた。
無造作に司教に一礼すると、膝をついて首を垂れ神に感謝の意を表していたグロリアを無言で急かす。
神、司教、来賓客、主役のグロリアと全方向に無礼な王太子の態度に付き合う気はない。グロリアは頭を下げたまま婚約者の無言の圧を受け流す。
落とした視線の先で、アメジストのペンダントがくるくると円を描くように揺れた。
〝導き手〟の前につく〝紫の〟とはグロリアの瞳の色からとっている。
称号とともに与えられる特別なペンダントは、それに合わせて紫水晶でできていた。
ローブも裾の部分が濃い紫色に染められ、真っ白な肩の部分からグラデーションになっている。背中の教会のシンボルマークの刺繍はグロリアの髪の色と同じ金の糸で、期せずしてコードウェルの色を身にまとうこととなった。
常識的な数秒間を数えてから頭を上げて、眉間にしわを寄せたエドワードのエスコートで会場を去る。
鳴り響く拍手のなかでひときわ大きな音を立てて手を打ち鳴らしているのは、親族席でグロリアのことを見守っていた叔父夫婦とバーナードだ。
父は当然式に来られなかった。
退場する際にちらりと視線を送ると、驚いたことに叔母とバーナードは目をハンカチで押さえて涙を流していた。
叔父もまた、退場していくグロリアを潤ませた目で追いかけていた。
叔父やバーナードが提案する領内の政策は、A子が「優しい」と感心していた。グロリアにとっては生ぬるいと感じるが、自分がそう感じるということは叔父たちは善人なのだろう。
彼らは帰ったらその優しさと親切心から、今日の様子を父に話すはずだ。
教会から贈られた特別な称号と、コードウェルの色を使った権威あるローブ。それをまとった娘のこと。
自分が手にしていたであろう栄光を、寝たきりの父は叔父たちから聞くことになるだろう。




