第18話 心の天秤
夜、グロリアはコードウェル家の騎士と憲兵からの報告書に目を通していた。
寝る直前なのでグロリアはベッドに腰かけナイトウェア姿だが、その報告書を持ってきたケイトはきちんとメイド服だ。
「ふむ……」
急いだらしくやや乱れ気味の文字を追いかけながら、グロリアは顎に手を添えてうなずいた。
「シンディという針子が〝貴族の令嬢を傷つけた〟と店のオーナーに付き添われ出頭してきたそうだ」
「私は納得できません! お嬢様のお肌を傷つけておいて、針子のクビひとつで許すなんて!」
差し出された報告書を受け取りながら、ケイトはふんっと鼻息荒く言い放つ。
「そう言うな。貴族に対する平民の犯罪は重罪だが、自首があれば罪を軽くしてやれと憲兵に根回しをしたのは私だ。あれらのドレス作りの腕は、廃業に追い込むには惜しい」
「それにしても温情をかけすぎでは……。ほかの貴族家だったらその場で切り捨てられていても文句は言えないんですよ! 平民にはそのくらいのことなんですから!」
前世ではその身分差が嫌で、平等を謳う聖女に味方しグロリアを裏切ったのではなかったか。ケイトは唇を尖らせてドレスメーカーの罪をなじった。
「しかもしばらく牢屋に入ったあとはもう一度雇ってもいいだなんて、それも甘いと思います」
「だが、平民は職がなければ困るのだろう?」
平民が罪を犯して失職しようが、そのせいで再就職もできなかろうが、グロリアには全くどうでもいいのだが、グロリアは内心を隠して慮る。
首を傾げるグロリアに、ケイトはむぅ……っと喉の奥で潰れたような声を上げた。
とはいえ、シンディがもう一度古巣のドレスメーカーに雇われることは簡単ではない。
彼女たちは〝元犯罪者〟を雇う店が、貴族たちからどんな目で見られるかをわかっている。それがシンディの刺繍の腕では補いきれない損失を生むことも。
しかしオーナーやその他の針子たちには、シンディを人身御供に差し出して自分たちは罪を免れたという罪悪感もある。
損失と罪悪感。
天秤はどちらに振れるだろうか。
どちらにせよ、再雇用には心理的にかなり困難が伴うはずだ。
「不祥事が他の貴族様の……それどころか旦那様の耳にまで入らないように、公爵家の関係者や憲兵たちに口止めもしたと聞きました」
父は平民には厳しいからな。と、グロリアはうなずいた。
「悪意があったわけではないし、あれらの服作りの腕を私は買っている。会ったことはないが、あのドレスの刺繍をした針子の腕もな。可能ならその腕を潰すようなことはしたくない」
シンディが職にあぶれたら、グロリアは聖女のように優しく彼女を公爵家の針子の一人として雇うつもりだ。
当然その息子のアランも一緒に面倒をみようではないか。
路頭に迷わせたりはしない。ずっと手元に置いて管理する予定だ。
「……お嬢様は、優しすぎます」
目を潤ませたケイトに白けた視線を送りそうになったが、耐えた。