第15話 噛めば噛むほど味がする
トルソーに着せられたドレスは光沢のあるピンクの生地に、白とピンクの花が右肩から裾にかけて広がるように刺繍がほどこされていた。
ドレスの肩へ手をそっと這わせ、グロリアはドレスと同じ桃色に頬を染めて言った。
「この花の刺繍は大輪の花のような力強さはないが、見た者をその場に留めるような魅力がある。このドレスを着ていれば、王太子殿下の目にも留まるだろう」
聖女はグロリアのようにパッと目を引く美人ではない。
そのドレスも彼女と同じように見た者を一瞬で引き付けるような美しさはなかったが、A子の言う「噛めば噛むほど味がするスルメのような」効果はある気がした。
喜んで頭を下げるオーナーを横目に、グロリアは少し力を込めて肩の部分の刺繍を撫でた。
「……! い、っ!」
「お嬢様! どうしました⁉」
ドレスに触れたとたん、弾かれたように手を引っ込めたグロリアの異変に、ケイトが真っ先に駆け付けた。
「指が……」と、呟きながらグロリアはケイトに右手の人差し指を見せた。
人差し指の腹の部分に、血の玉がぷくりと膨れている。
今まで触っていたドレスの肩あたりに視線を向けると、そこには刺繍の隙間から銀色の針の先端がわずかに顔をのぞかせていた。
その場にいた全員の視線がその針に集中し、ドレスの検針に漏れがあったのだと悟ったオーナーが、一瞬のうちに顔を真っ青にして崩れ落ちるように頭を下げた。
「申し訳ございません……! 申し訳ございません!」
床に手をついて謝るオーナーを皮切りに、次々に針子たちが雪崩を打って頭を下げる。
「お嬢様、こちらで傷口を覆ってください。私はお医者様を呼んでまいります!」
清潔な白い布で針の傷より痛いくらいにぎゅっと患部を押さえられ、グロリアは首を傾げた。
「そこまで大騒ぎをすることではないが」
「必ずお医者様に見せなくてはいけません! この針が万が一錆びていたら最悪の場合、体が痺れたり呼吸ができなくなったりして亡くなってしまうことだってあるのです!」
普段声を荒らげることのないカイラがめずらしく強い口調で言って、グロリアの指先を圧迫する娘からその役割を交代する。そして視線で娘を急かした。
「お前たち! お嬢様を傷つけてただで済むと思うな!」
ケイトは青ざめて頭を下げ続ける針子たちとオーナーを怒鳴りつけると、さっと身をひるがえして部屋を出ていった。
和気あいあいとした試着の時間だったのに、一瞬で地獄の待合室と化した部屋に残されて、グロリアは困ったように微笑んだ。