第14話 ドレス
ドレスの製作は順調である。
デザインを決めて採寸してから約三ヶ月、工程ごとに何度か公爵家で試着をしている。
なにせ三着も作るので、ドレスメーカーが公爵家に来る頻度も高い。
今日は前世で聖女が着ていたドレスの、本縫い前の試着をする日だ。他二着はすでに別日に試着を済ませ、本縫いに入っている。
オーナーと針子たちも何度か来ているので、最初に公爵家を訪れた時ほどの緊張感はない。むしろ公爵家に来る機会を逃すまいとしている者が多いほどだ。
オーナーに提出させたリストを参照に人数と顔を把握し、別室にティーセットと菓子を用意して自由に休憩できるようにしているからである。
忙しいのに三着も作るわがままの詫びだと言えば、彼女たちは緊張しながらも受け入れた。今では上位貴族しか食べられない高級菓子を肴に話に花を咲かせている。
若い女性たちのぽんぽんと弾けるような笑い声が、いつもは厳粛な雰囲気を保つ公爵家にはめずらしかった。
一回の訪問で店に所属する針子たち全員が来るわけではなく、ドレスによって、あるいは針子たちの予定によってその都度メンバーがかわる。
毎回見る顔もあれば、リストに名前はあるのに一度も公爵邸に訪れたことがない者もいる。
一度も公爵家に来たことがないという針子はわずかだが、その中にはシンディもいた。
グロリアとしては、もしも彼女がこれを機に父へ復縁を迫ろうというならそれでもよかった。
そのやりようによっては公爵家の騎士に不審者として切り捨てられるだろうし、店のオーナーや同僚の針子たちにも多大なる迷惑をかけるだろう。
騎士に切られなかったとしても、職場はクビになるに違いない。
しかしシンディは職と人生をかけた博打を打つよりも、口を閉ざし今の生活を守ることを選択したようだ。
オーナーを含めた針子たちの誰も、彼女が取引先である公爵家当主の愛人をしていたということは知らないようだった。
知っていて隠しているという様子でもなく、話の中でオーナーから「シンディという、うちの店で一番の刺繍の名手をぜひともお嬢様に紹介したかった」ということを今日まで何度も聞かされている。
事情を知っていてそんなことを言ってくる胆の太さは、このオーナーにはない。
なにせ彼女は前世で聖女と心を通わせ年の離れた親友となり、教会の後ろ盾があるとはいえ男爵家では到底仕立てられないようなドレスをパーティーのたびに親友価格で作ってあげる、心優しい女性なのだから。