第13話 ポール
米と日本酒のことを知ってからしばらくして、グロリアは米が雑草のように生えていた土地を治める領主を呼んだ。名前をポールという。
広い平地だが湿地が多く、公爵領内からはお荷物と揶揄されることも多い土地だ。
わがままだと評判のグロリアに呼び出され、領主は渋い顔を隠さず対面に座った。
礼を尽くさぬ中年に、思わず持っていた書類を投げつけたくなったが耐えた。後ろにケイトが立っている。
挨拶を抜きにしてグロリアが応接机に置いた書類には、A子の記憶から抜き出した〝米を原材料にした酒の作り方〟と、〝米の品質向上のための米作り〟が細かくまとめてある。
前世は普通の女子大生と言っていたA子だが、実家が米農家だったのか、それとも酒好きが高じて原料の米に詳しくなったのか、意外と知識が豊富だった。
米の加工法、麹の作り方やどのような道具や工程を経て酒となるのか。あいまいな部分ももちろんあるが、それはこちらの世界の人間が研究して結果に繋げればいい。
これほどの情報があって成功させられないのなら職務怠慢である。
「つまり、家畜の餌で新たな酒を造るということですか?」
「まずは研究からだが、私はできると確信している」
わがままお嬢様の気まぐれとは言えないほど整った資料に、ポールは目を白黒させた。
もう一度最初のページからじっくりと目を通し、最後まで読みきってため息をついた。
「確かに魅力的ではあります。しかし教会がなんというか……」
その言葉に、グロリアはうなずいた。
確かに彼らの既得権益を揺るがせばただでは済まない。こちらを追いつめることができる人手と金が、あちらにはうなるほどあるのだ。
「なにもワインにとってかわる酒を造ろうというのではない。ただ、ワインは平民には高価だろう?」
冠婚葬祭でワインは必要とされるにもかかわらず、懐具合がさみしい者は貴族ですらそうした場からワインの存在が消えることがある。
ましてA子の世界のように常飲というわけにはいかないし、それが平民ともなれば〝旅路への祝福〟として亡くなる直前に司祭が口に含ませる一滴しか飲んだことがない者のほうが多い。
つまり生涯でアルコール摂取量ワイン一滴、というのが平民の現実である。それを知ったA子は本気で泣いていた。
「私は、それでは神を身近に感じることができないのではないかと思った」
A子が(ゲームでお酒がワインしか出てこないから、変に歪んじゃってるのかな……?)と呟いていたように、地球の酒の多種多様さに比べるとこの世界はずいぶん歪だ。
「もちろんこれはワインと同じように教会が管理する酒として、教会に申請する。ただし、平民向けの安価なものとして」
貴族向けのワインと競合せず、新たな資金の種になるのなら教会も否とは言わないだろう。
「しかしそれでは、公爵家に流れる金はわずかとなりますぞ」
渋い顔をして首をかしげるポールに、グロリアは最近板についてきた生ぬるい笑顔を向けた。
「もとより金儲けをしたくて酒を開発しようとしているわけではない」
と、言葉を続ける。
「我が家の領地に〝お荷物〟な場所などどこにもないと、酒造りで証明したいのだ」
「グロリア様……」
ポールは何か感じ入ったように目を潤ませて、グロリアの顔をまじまじと見つめた。
「それに新しい酒がワインのように平民たちに流通すれば、彼らが神をもっと身近に感じることができるようになる」
A子の世界のように、生活に信仰が根付くきっかけにはなろう。
同じように酒乱や酒による健康被害も蔓延するだろうが、それは各自の理性の問題であってグロリアのせいではない。
「半年後の王家の茶会で、殿下の側近候補として参加するセドリック・フォン・ハトルストーンにこの話を持ち掛けようと思っている」
「ハトルストーン……〝教会伯爵〟の御次男ですか」
建国以来教会の運営事務として教会と王家の架け橋を担うハトルストーン伯爵、通称〝教会伯爵〟は、乙女ゲームでは王太子の側近候補でインテリ眼鏡枠の父親である。
その息子セドリックは、一度目の人生では正義のために知識を使うと標榜していたにもかかわらず、王太子と聖女の浮気を黙認し、その知識でグロリアに罪を着せるため偽の証拠を捏造した二枚舌の愚か者だ。
ホワイトホープ教は世界で唯一の宗教だが、内々ではさまざまな理由で派閥が争っている。
たとえばハトルストーン伯爵が王都教会の次期司教へと推す人物は事務方出身で貴族たちからの支持はあるが、肝心な教会内で権威を持つ者たちからの支持は薄い。
セドリックを巻き込んで話を持っていけば、〝神のために何かをした実績〟が欲しい教会伯爵とその派閥は米での酒造りを認めるだろう。
ちなみに前世では〝聖女の発見〟がその実績だったのだが、グロリアがカイラを助けた今世ではメロディが聖女となる未来はなくなった。
それとともにハトルストーン教会伯爵の野望も潰えそうになっている。
「我らコードウェル家は神のために働いたとして、名誉が得られれば十分だ」
ポールは胸に手を当て、グロリアに深々と頭を下げた。




