第12話 日本の法律遵守
ところでさ……と、恐れを振り払うようにA子が明るい口調で言った。
(お茶会って何が出るの? 私前世でもヌン活とかしたことないから興味あるんだ~! お酒とか出る?)
十歳の子供たちが主役の茶会で酒が出るわけがない。
飲酒は二十歳からと決まっている。
(あ、そのへんは日本の法律遵守なんだ……日本産乙女ゲーだからかな?)
やや引き気味で笑ったあと、(お酒、飲みたかったなあ……)とA子はがっくりうなだれた。
一度目の人生でも二十歳前に処刑されたグロリアは飲んだことがない。聖女に投げつけたグラスも中身はぶどうジュースだった。
こちらの世界で酒といえば、教会が〝神の血〟として販売しているワインしかない。
教会が醸造、販売の権利を握っていて、ワイン以外の酒が勝手に出回らないよう厳しく目を光らせている。無許可で酒を造った者は、A子の世界でいう魔女狩りのような目にあうだろう。
この世界の宗教はホワイトホープ教しかなく、教会から破門された人間は元がどんなに高貴な身分であっても家畜以下の扱いしかされない。
ワインの製造は各国の教会派閥の貴族の領でしか許されず、それぞれの国の王家ですらおいそれとその流通に口を挟めない。
A子の記憶の中にある酒の種類はとても豊富だ。ワインはわかるが、それ以外となるとジュースと区別がつかなかった。
(ジュースとお酒は全然違うよ。なかでも私は日本酒が一番好き! あーなんで法律は日本なのに食事は外国風なんだろう……たまにはお米食べたいよ……和食! 米! 米さえあれば日本酒が造れるのに!)
A子の記憶にある和食や米、日本酒の姿かたちと味を共有して、グロリアはあることに気がついた。
米とは、我が公爵領の辺境でよくとれる家畜用の植物ではないだろうか。
共有された田園風景を見て、グロリアは公爵領で雑草のように生えていた植物と、それを食べる豚の映像をA子に送る。
途端に、グロリアの脳内は爆発した。
米が存在していたことへの歓喜。それが家畜の餌だという切ない米の歴史……目覚めて以来初めてといっていいA子の心からの慟哭はとてもうるさかった。
A子が落ち着くのを待ちつつ、グロリアは手に持っていたデザイン帳を閉じた。こちらのほうはあと数ヶ月はかかる。
それよりも、A子を取り乱させた米と酒についてである。
「〝日本酒〟というのは、この家畜の餌があればすぐにできるものなのか」
(家畜の餌じゃなくて、お米ね! 日本でだって豚に食べさせてたとこもあったけど、あれめちゃめちゃおいしいブランド豚だから! こっちの世界のとんでもない扱いとは違うからね!)
A子の信仰にも似た米への態度に、グロリアは思わず目を瞬かせた。
(信仰に似たっていうか、日本人はお米一粒に七人の神様が宿っていて、だから残さず感謝して食べましょうねっていう倫理観だからさ)
脳内に流れたのは、茶碗に山盛りの米を残らず平らげるA子と同じ日本人たちの映像。
七人もの神が一粒の米に宿っているのに、それを口いっぱいに頬張り噛み潰して飲み込むなんて正気じゃない。
ふやけたパスタのような女だと思っていたが、グロリアは少々この亡霊を侮っていたようだ。
こちらの世界でも〝神の血〟といってワインを飲むが、あれは神に力を貸していただくという意味が強い。
(米で作ったお酒はお神酒っていって、神様に捧げるよ?)
神で作った酒を神に捧げる……?
A子の勢いにのまれてめずらしく〝?〟を飛ばすグロリアに、A子の米と日本酒に関する知識が共有されていく。
しばらくしてなんとなく日本人の宗教観を理解したグロリアは、姿見の中の自分に向かって言った。
「わかった、こちらの世界でも日本酒を作ろう」
A子は歓喜に沸いたが、もちろんこの亡霊のために酒を作るわけではない。
脳障害、性腺機能障害、肝臓障害、すい臓障害、精神面への悪影響……嗜好品として楽しむには、あまりに害がありすぎる。全部が復讐には邪魔だ。
そのためグロリアは二十歳になるまで酒を飲む気はない。
感覚を共有するA子が酒を味わうことができるのは十年後だ。が、まあ、使えるなとは思った。