第10話 控えめに言って最低じゃん?
父が机の上に王家の手紙を置いた。
今年十歳になった王太子の婚約者選びのため、半年後に行われるティーパーティーへの招待状である。前世でも開催された茶会だ。
前世では、今の時点で父は愛人を呼び寄せて義弟を跡取りに据えていた。
そのため家柄と年齢が王太子に釣り合うグロリアが内々に婚約者として内定しており、この茶会も婚約者選びというより王太子の披露という意味合いが強かった。
「王子に釣り合う娘はお前しかいないんだぞ」
「ですが父上、コードウェル公爵家を継ぐ人間も私しかいません」
口元だけで微笑みながら、グロリアは命令口調で娘を従わせようとする父を見た。
椅子に座ってにらむように見てくる父親は前世で見慣れた中年の顔よりもやや若く、そして記憶にあるよりも余裕がないように見える。
大嫌いな弟に当主の決定を覆されたからだ。そのぶんグロリアを王太子の婚約者にすることに前のめりになっている。
復讐のためには前世と同じように王太子の婚約者になるべきで、父の態度はグロリアとしても望むところだが……。
「問題ない。お前の一つ下の弟がいる。金髪に紫眼という、コードウェルの色も濃い」
「その方は叔父上に〝公爵家の敷居を跨がせるなどまかりならぬ〟と言われたではないですか」
「それは母親のほうだ!」
ガンッ! と机を拳で叩くと、憤懣やるかたないといったふうに父は肩をいからせた。
「なんでホレイシオが俺の家のことに口を出す! 俺が当主で、お前は俺の娘だぞ! あいつじゃなくて俺の言うことを聞け!」
昔から優秀な弟と比較され続けてきた父は、弟が唯一持ち得なかったコードウェル公爵家当主という立場がことのほか大事なのだ。
そこに居座り影響力を持ち続けるには、跡継ぎは〝安定した生活を与えてやった〟と恩に着せられる愛人との息子のほうが都合がいいと考えている。
「父上……。母上がいつも〝公爵家にふさわしい選択をなさい〟と言っていたことを思い出してください」
暗にお前は公爵家としてふさわしくないと、母によく似た顔で嘲笑ってみせる。
母のおかげでようやく当主になった父にとって、母は自分の〝足りない能力〟の象徴だった。その女の血を引いたグロリアが次の当主になるのが嫌なのだ。
だから王家に嫁がせたいし、それができればコードウェル公爵家の当主として箔がつき、一族の皆が自分に一目置くと思っている。前世ではその計画をグロリアの短慮で潰したと思って娘を恨んだ。
だから自分の罪を娘に着せて王太子たちに言い、断頭台へと送った。
今世ではグロリアが叔父に連絡を取ったせいで、愛人親子を迎え入れようとした自分は弟に愚か者扱いされたのだ。
とても許せるものではないと、父は前世では見せなかった暴力的な側面をことさら見せつけてくるようになった。
首を両断されたことがあるグロリアには全く響かないが、何も知らない十歳の子供であれば恐れて言いなりになったかもしれない。
(ね、グロリアのパパ、控えめに言って最低じゃん?)
そうだ、知らなかったのか? と、グロリアはルールを破って思わず呟いてしまったらしいA子にうなずいた。
そのうち王太子の婚約者選びが行われることはわかっていた。
公爵家の跡継ぎ問題でグロリアに婚約者の座が巡ってこないというのなら、次期当主候補を作ればいいのだ。
ちょうど叔父との手紙で、彼の二番目の息子がアランと同い年で優秀だということがわかった。
叔父の妻は建国当初からある子爵家の出で、アランなどよりよほどコードウェル公爵家の次期当主にふさわしい。
性格は善良で、正義感は特に強いという。
そういう人間は扱いやすい。
父の血にこだわる必要などない。コードウェルの血さえ引いていればいいのである。
(大嫌いな弟の子を大事な椅子に座らせようって考えてるの知ったら、パパに殴られそうだけど……)
殴りたいなら殴ればいい。
周りから当主にふさわしからぬと判断され、社会的に死ぬのが早まるだけなのだから。