第9話 懐柔
父に執務室へ呼ばれたのは、ケイトにアフタヌーンティーを用意させていた時だった。呼びに来たのは公爵家の医者のおかげで一命をとりとめたカイラである。
ケイト親子は、当主よりもグロリアの命令に従うようになった。
最近では顔色や視線でグロリアが何を求めているのか察せられるようになってきていて、懐柔――もとい〝優しさ〟は、特定の人物を従順にさせるのにこんなにも効果的なのかと、聖女の戦略を再確認して感心した。
病後の母をケイトごと屋敷の一室に引き取ったことで、グロリアへの〝好感度〟はさらに上がっているようだ。
最近では周りに見せつけるようにこの親子を取り立てている。
カイラには病気の予後をよくする薬を、ケイトにはいらなくなった宝飾品を他の使用人たちの前でわざと渡す。
引っ越した際に、家具や持ち物もグロリアが全部新しく買い与えた。
結果、彼女たちはA子どころかグロリアも引くほどの陰湿な虐めを、他の使用人たちから受けるようになった。けれどケイトが前世で望んでいたことは、こういうものなのだ。
前世ではコードウェル公爵家の奥向きはグロリアを頂点に厳然たる階級が出来上がっていて、虐めなどさせる隙も暇も与えなかった。
公爵夫人? 平民で愛人上がりの奥様の言うことなど誰が聞くのか。
支配と階級があってこその平和である。と、グロリアは〝優しさ〟の結果を見てそんなことを思いながら、父の執務室のドアをノックした。