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第0話 プロローグ

 「黙って死んでくれ」と彼は吐き捨てた。


 その時は悲しかったのだと思う。


 だが今は猛烈に腹が立っている。

 ああ、なんて馬鹿らしい。





 粗末な貫頭衣からのぞく腕を力一杯掴まれ、屈強な体躯の処刑人に引きずられた先は断頭台。

 研がれた刃で反射した日の光が、紫色の目を鋭く突いた。


 これからグロリアは処刑される。

 エドワード王太子殿下の親友であり真実の愛の相手、メロディ・フォン・ソールズベリー男爵令嬢を害した罪で。


 殿下の婚約者であるグロリアは、確かにメロディに良い感情は持っていなかった。


 男爵家の娘ごときがコードウェル公爵家のグロリアを差し置いて、正妃の座を望むなど分不相応にもほどがある。

 たとえその娘が唯一無二の治癒の力を持つ聖女として教会に認められていたとしても、下位貴族の血が王家に混じるなど許せるものではない。


 しかし国を背負うという重圧に一人で耐えられないような男が王になる場合は、それを癒す女が必要だとも思っていた。


 彼が望むならば自分が正妃として世継ぎを産み、政を引き受ける。メロディは子供を産めない処置をしてから、愛妾として彼の面倒を見ればいい。


 聖女なのだから男を癒すのもお手の物だろう。

 命までは取らないでいてやった私は、なんと優しい婚約者だろうか。グロリアはそう思っていた。


 それが生ぬるい考えであったと思い知ったのは、卒業パーティーで一方的に婚約を破棄され、聖女を虐待していたと断罪され、さらには父の横領の罪を押し付けられて牢に叩き込まれたあとだった。


 その屈辱を思い出し、グロリアは唇を噛みしめる。

 頭を断頭台のくぼみに強引に押し込まれながらも、紫の瞳の奥底は憎悪に満ちていた。


 断頭台がよく見える位置に陣取り、グロリアに人差し指を突きつけ身に覚えのない罪状を読み上げるのはかつての婚約者。

 その胸にすり寄るメロディの顔を嫉妬から切り裂いたと罵られ、グロリアは怒りに震えた。


 そんなことはしていない。

 婚約者のグロリアの許可なく殿下のエスコートで踊ったことへの警告に、ただグラスを顔に投げつけただけだ。

 そして割れやすい薄いガラスが砕けて顔を傷つけただけ。


 社交界ではよくある話。それを針小棒大に膨らませ、切り裂いたなどとよく言ったものだ。


 けれどよしんば本当にそうしたとして、それの何が悪い?


 男爵家が公爵家に噛みついたら制裁を加えられるのは貴族社会の常だし、どうせ治癒の力とやらを使って治せるのだ。

 事実グロリアを見下ろすその顔に、ガラスの破片で切った傷などどこにも見当たらないではないか。


 グロリアの鋭い視線から聖女を庇って男が前に出た。

 父と平民の女との不貞から産まれた我がコードウェル公爵家の汚点。本来なら公爵家の次期当主どころか貴族になどなれるはずもなかった卑しい生まれの義弟、アランだ。


 我が家へ引き取られなかったら金に困って犯罪に走っていてもおかしくないような身の上で、まるでグロリアよりも貴い生き物のような顔をして義姉を見下す愚か者め。


 幼少期、母ともども義姉に虐げられていたなどとよく言える。

 

 平民の分際で、隣国の王女であったグロリアの母と同じ待遇など望むべきではない。

 食事も部屋も使用人と同じものでも上等すぎる。いったい何が不満だったというのか。


 断頭台に首と手首を固定されたグロリアを見て、死刑を見物に来た平民たちは熱狂する。

 王太子殿下の婚約者という立場を利用して、民から集めた税を横領し贅の限りをつくした悪女の処刑に興奮する愚民ども。


 許さない。


 横領の罪を娘になすりつけ、公爵家当主の座に居座り続ける父を。

 よく知りもせずに高位貴族の処刑を娯楽として楽しむ平民たちを。


 グロリアの潔白を証言できる唯一の人間だったのに、捏造された罪を証言し、そちら側からグロリアを見下す己のメイドを。

 本来ならばグロリアの髪一本だって触ることができない平民のメイド。特別に目をかけ、専属メイドにしてやったというのに。


 許さない。


 グロリアから婚約者と王妃という将来を奪ったくせに、まるで被害者のように震える女を。

 婚約者がありながら不貞に走り、不要になった人形をゴミ箱へ捨てるようにグロリアを処刑台へと捨てた男を。


 許さない。


 その隣で正義を果たした顔をしながら、権力者の不貞を止めもせず冤罪の手助けさえした王太子の側近候補の男、セドリックも。

 無抵抗のグロリアをあざになるほど押さえつけた、同じく側近候補の騎士気取り、ブライアンも。


 何もかも許さない。許せない。


 そんなにも人を悪人に仕立て上げたいのならば、いいだろう、お望み通りなってやる。この地に巣食う怨霊となって、この国に死と破滅を導いてやろうではないか。


 たとえこの身が朽ち果てようと、どれほど時がかかろうと。


 ……

  ……

   ……


 断頭台に繋がれた罪人の首が血を流していた。

 血の臭いに気づいたはえたちが卵を産みつけようと群がり始める。


 地面に転がった頭は天を仰ぎ、金色の髪は血に染まってどす黒く変色していく。

 けれどその紫色の瞳はいつまでも光っていた。


 風雨に晒され干し首となっても艶やかに、爛々と。



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