第七話 エディバラ攻略と副団長
城塞都市エディバラ。
それはアデリティ王国2番目の大都市であり、王国南部の最重要拠点である。
そのエディバラが、エーテル騎士団によって占領されたのだ。
「でもよ、そんな重要な場所なら数え切れないくらいの騎士が守ってたんだろ? それをどうやって陥すんだよ。無理にも程があるだろ」
俺は正直な疑問をぶつける。しかしボールスは顔色ひとつ変えることなく真相を話し出す。
「報告書によれば、王都襲撃の日に突如として姿を消した国王様のご嫡男。モルレッド公爵が一連の騒動の先導者であるそうだ」
王の長男が国を裏切る? いったいどんなメリットがあるのかはわからなかった。
ブレイクとアーキスの顔を見ると、明らかに引き攣っている。
昨晩のうちあげでアーキスが話してくれたことを思い出す。
『モルレッド兄様は、優しくて、頭もいいの! 最近はそっけなくなっちゃったけど...でも、ほんとうに自慢のお兄様よ!』
笑顔の中に哀愁を帯びていたあの感じ。
今のアーキスの心情は推し量ることすらできない。
沈黙の中、ボールスは俺に1通の手紙を渡してきた。国王様からのものだった。
司令書。
仰々しいタイトルだと思いつつ、封を開けて内容に目を通す。
(前略)
霧谷蓮斗に命ずる。ミラミに集結した全戦力をもって、城塞都市エディバラを攻略せよ。
(後略)
息を呑んだ。俺が騎士たちの中心となって、一つの都市を攻め落とすなんて出来るのか?
俺にそんな“力”があるのか? 今すぐにでも弱音を吐きたかった。
でも、王宮やミラミを襲撃し、罪のない人々を傷つけたエーテル騎士団を放ってはおけない。
何より、アーキスを傷つけたエーテル騎士団が許せそうになかった。
司令書を握りしめ、立ち上がる。
「なあみんな、俺に力を貸してくれ。俺はまだまだ弱い。でも、アイツらを許せないんだ。頼む。みんなの力を貸してくれ!」
俺がそう言うと、ブレイクとボールスが吹き出した。
「お前、やっぱり面白いな。俺たちはそもそもお前を助けるためにここにいるんだぜ」
「やっとその気になったかバカ勇者。ずっとその言葉を待ってたんだよ」
最初から心配する必要なんてなかったんだ。頼れる“仲間”は目の前にいた。
「ブレイク、ボールスありがとう」
涙が溢れ出す。何度拭っても拭いきれないほどだった。俺を見かねたボールスがハンカチを渡して話し出す。
「感極まるのはエディバラを救ってからにしろ。時間がない。隊長クラスを呼んで作戦会議だ!」
そこからは2人のおかげでとんとん拍子で話が進んだ。
「――現在動ける兵力は騎士42名、従騎士60名の合計102名です」
「――エディバラに集結している敵兵力は、少なく見積もっても騎士だけで200名以上と思われ―」
「――これに打ち勝つためには、lv3以上の高位能力者を効果的に配置しなければ―」
「――しかし、高位能力者を散りばめて配置すると各個撃破される恐れが―」
会議は難航したが、一つの解を見つけ出した。
集団戦法を基本とし、敵の高火力能力者が出てきたらこちらの高位能力者が応戦する。
昼前、集結した騎士団の先頭に俺はいた。
「本当に俺が1番前でよかったのか?」
正直、100人もの命を預かるには俺はあまりにも未熟すぎる。弱音を吐く俺に対してボールスはやれやれといった調子で答える。
「蓮斗、お前が“力を貸してくれ“って言ったんだろ。自分の言動に責任を持て。勇者としての使命を果たせ」
諭されてもう一度気を引き締める。
「出撃!」
俺の声に呼応して、後ろから雄叫びが上がる。
*
「ね〜レント! その...う、馬に乗るのが怖いから後ろに乗せて! ね? いいでしょ?」
後ろから急接近してきたのはミラミに残ることを拒否した第二王女、アーキスだった。
「アーキス、さすがに先頭で2人乗りは危ないと思うんだがぁあぁぁぁ⁈」
言い終わる前にアーキスは俺の後ろに乗り込んでくる。どうやら俺の意思は関係なかったらしい。
アーキスは居心地が良さそうにしている。
定位置になりつつあるが、どうにも落ち着かない。
日が傾き出したころ、エディバラまでもう少しの位置に着いた。
「勇者様、エディバラへ偵察を出しましょう。東側の情報を集め、こちらの有利な場所から攻め込むのです!」
俺に話しかけてきたのは騎士隊長のアグロヴァル。lv4の伝心使いらしい。
ボールスにも相談し、すぐに偵察を出してもらうことにした。
しばらくして、アグロヴァルが偵察班の騎士たちから報告を受け始める。
「こちらA班。東大手門には騎士数名を確認。城壁上の警備は手薄な模様」
「こちらB班。東側第2塔が焼け落ちています。内部統制が取れていない可能性あり」
「こちらC班。東側第1塔は健在。軽装のクロスボウ兵を多数確認」
各所から報告が入り、決断の時が迫る。
勇者様、ご決断を―――
「作戦を決行する。城塞都市エディバラを攻略するぞ! 俺たちの力、見せてやろうぜ!」
俺の一言で、100名の騎士たちが動き出した。
*
「大手門が見えてきたぞ! 総員戦闘態勢!」
城塞都市の大手門。ここを突破できなければ、そもそもエディバラを攻略することはできない。
側塔にクロスボウ兵多数! 撃ってくるぞ!
大手門の両側面から迫り出している2つの塔が侵入者に牙を向いた。
多量の矢が降り注ぐ中、1人の騎士が空中へ飛び上がる。
『地面の結界‼︎』
周りの平原から土が一気に舞い上がり、軍団の上空を覆ってしまう。
クロスボウの脅威がなくなり、城門まで目と鼻の先だった。城門前に展開していた数十の軽装歩兵がこちらに向かって走り始める。
そこに、2人の騎士が突っ込む。
「双龍の一閃!」
2人の剣が龍を纏い、眩い光と同時に放たれた斬撃が歩兵たちを吹き飛ばす。
これが、騎士の本気......人数の差など一切感じさせない彼らの力に、本気で勝機を感じる。
大手門の扉が爆音と共に崩れ去り、騎士たちがなだれ込んでいく。
最前線を押し広げる2部隊と、残党を蹴散らす後方2部隊に分かれて進軍する。
*
各所で王国軍の快進撃が続いていた。
街に展開しているエーテル騎士の練度はピンキリだった。
大半が歩兵や従騎士で構成されている部隊はこちらの騎士の攻撃に耐えれるはずもなく、敗走を続けている。
そんな中、1人の従騎士が片足を引きずりながら歩いてきた。
「勇者様......お逃げください...黒羽を纏った騎士が前線に出てきて、対抗できませ...」ドサッ‼︎
その従騎士は今にも消えそうな声で報告し、その場に倒れた。
すぐにアーキスが回復能力を使うが、意識が戻る気配はない。
”黒羽を纏った騎士“......俺には覚えがあった。
そいつはミラミを襲った張本人。2メートルはある騎槍を持ち、黒色の羽を纏ったエーテル騎士団の副団長。
*
その騎士は目の前にいた。正確には、こちらを見下すように空を舞っていたのだ。
「エクターぁぁぁぁ!」
俺が叫ぶと同時に、2人の騎士が黒羽を纏った騎士に襲いかかる。
『双龍の咆哮‼︎』
2人の剣が交差した瞬間巨大な龍が具現化し、最高火力をエクターに振るう。
その一撃は、並大抵の騎士を薙ぎ払うにはむしろオーバなほどだった。そのはずだった。
エクターはただ騎槍を横に払う。
龍の一撃は一瞬にして姿を消し、2人の騎士が地面に真っ逆さまに落ちてくる。
負けたのだ。
さっきまで無類の強さを誇っていた2人の騎士が、優勢だったはずの盤面が。
たった1人の登場で崩れ落ちた。
「国王軍の騎士など、取るに足りぬわ。その程度で私を倒そうとは笑わせてくれる」
黒羽の騎士はそう言うと、黒色の翼を最大まで広げて詠唱した。
『黒羽のイカズチ!』
羽の各所が不規則に光り出したと思った瞬間、その光は破壊の象徴へと姿を変える。
「みんな、避けろ!」
俺が叫んだ時には、何人もの騎士たちがその光線に貫かれていた。
鋼鉄の鎧がひしゃげ、石造りの家や道がアイスのように溶け、轟音と共に崩壊する。
ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎
目の前で倒れていく騎士たち。
俺はまた何もできなかった。
最初の襲撃の時から何も成長してなかった。
アーキスもボールスもブレイクも、どこにも見当たらない。全てを失った俺は叫ぶことしかできなかった。
無気力感の中で、膝から崩れ落ちた。
エクターが俺の前へと降りてくる。
「勇者...いいや、霧谷蓮斗! こんなに早く再会できるとは思わななったぞ。さあ! 邪魔者は全員消した。もう一度、一騎打ちしようじゃないか!」
やつは狂っていた。俺と一騎打ちするために、敢えて俺だけ生かしたのだ。
フラフラと立ち上がって剣を構える。勝ち目なんてないはずなのに、受け立つ姿勢をとってしまった。
エクターが騎槍で何度も突きを放つ。
本当なら蜂の巣になっているはずなのに、ほとんど体が勝手に防御をしているのだ。
金属同士がぶつかる甲高い音だけが響く。
「おいおい。これが勇者? ミラミで戦った時は、もう少し根性のあるやつだと思っていたが......見当違いだったようだな」
そう呟いた黒羽の騎士は、少し距離をとってから詠唱する。
『暗黒世界!』
暗紫色になった翼を大きく開き、翼の間で大きな光の球を作り出す。
そこには、諦めがあった。
そこには、絶望があった。
エーテル騎士団の副団長は、つまらなさそうにこう言った。
消えろ、出来損ないの勇者......
全てを消し去る一撃が放たれる。
『――蓮斗! ここで諦めてどうするの? もう少し続けてごらんなさいよ』
『今諦めたら、そこに残るのは何も成し遂げれなかった自分よ? せめて、一つくらい成し遂げてから堂々とやめなさい!』
それは、母の言葉だった。
俺が何かを投げ出そうとした時、決まって母にそう諭されてきた。
でも、今回ばかりはごめん。無理だよ。
親不孝者でごめんなさい。さよなら、母さん。
「俺たちの勇者に、触るんじゃねぇ!」
エクターの一撃は1人の騎士を特異点として捻じ曲がり、あらぬ方向を消失させていた。
「ぼ、ボールス⁈ なんで...あの光線に貫かれたんじゃ......」
その騎士は振り返らずに答える。
「勝手に人を殺すな。こっちはアーキス姫を避難させるので手一杯だったんだよ」
心の中に安堵が広がる。この調子なら、アーキスも無事らしい。
だが、その安堵を打ち砕くように黒羽の騎士が吐き捨てる。
「感動の再会はそこまでだ。もう手加減せんぞ。消え失せろ!」
地面が砕ける音とともにエクターが間合いを詰める。
ボールスは大きく息を吸う。
「蓮斗! 後ろの館まで突っ走れ! 光速の剣捌き‼︎」
俺が走り出すとほぼ同時に、ボールスの剣が眩い光を帯びた。
光の斬撃が次々と放たれる。
黒羽の騎士は避けることもしなかった。
ただ代わりに斬撃を放つ騎士の方へ歩き出す。
「その程度の斬撃で、私を倒そうというのか」
斬撃が次々と命中するが、どれもこれも決定打になることはない。
エクターが何かを呟いた瞬間、ボールスに向かって一直線に飛び出す。
爆音が響いた。
多量の煙の中からボールスが吹き飛んでくる。
地面を数回跳ね、館を一周する土壁に激突して止まる。
「光属性の騎士...ボールスと言ったか。その根性だけは認めてやろう。だが、ここまでだ」
騎槍を両手で振り上げ、最後の一撃を放とうとする。
「俺には......仲間がいるぜ」
傷だらけのボールスが喘ぐような声で言う。
剣を持つ手に力を込める。ボールスが俺を救ってくれたように、今度は俺が救う番だ!
『勇者の一撃!』
頭に浮き出てきたイメージをそのまま叫ぶ。
剣が呼応し、館の土壁ごと全てを薙ぎ払う一撃をエクターに叩き込む。
うおぉぉぉぉぉ!
エクターに避けるような暇はなかった。
*
轟音とともに崩れた家屋に大きな穴が空いている。
終わったのだ。
|傷だらけの騎士( ボールス )は、アーキスの回復能力に癒されている真っ最中。
ブレイクもいつのまにか出てきて、動ける騎士たちを街中から集めてきている。
「この私が...負けたと言うのか・・・・・・」
瓦礫の中心に横たわったエクターの隣に、俺は立っていた。
黒羽はズタボロになり、2メートルもある騎槍は明らかにぐにゃっと曲がっている。
「もうしゃべるなよ。それ以上傷が開けば、本気で死んじまうぞ」
本気で言っているが、エクターには響かないらしい。
「なぜトドメを刺さない。騎士道を重んじる騎士に情けは不要だ。私を叩き斬るのが筋ではないのか」
掠れた声の騎士がそう言う。
「俺は騎士じゃないからな。その、騎士道精神ってのはわからないよ」
騎士はため息をつきつつ、少し態勢を起こす。
「貴様には敵いそうにないな。ひとつだけ、忠告をしておく。モルレッド様の力は私の比ではない。戦うならば、死ぬ気で挑め。勝機は意外と足元にあるものだ」
エクターがそう言った次の瞬間だった。
森羅万象を貫く一撃が、こちらに襲いかかってくる。
頑丈な煉瓦も石も、その光の前ではチリ同然に消え失せていく。
しかし、その一撃を止めたのは意外にもエクターだった。
エクターの目線の先を見ると、1人の騎士が立っている。
その騎士は紅蓮の炎を纏い、手には数メートルあるであろう大剣を持っていた。
ルーガン。貴様ああぁぁぁぁぁ!
黒羽の騎士は雄叫びをあげ、ルーガンと呼ばれた騎士に飛びかかる。
黒羽の騎士と紅蓮の騎士がぶつかる。
戦いは数秒も続かなかった。
黒羽の騎士が力尽きたのだ。
「エクター、私は残念に思うぞ。その代わり、お前が守ろうとした予言の勇者も、アーキス姫も、この国そのものも! 全て、ひとつ残らず我々が叩き潰す」
計り知れない重圧で体が動かなくなる。
俺の中の全細胞が、今度こそ終わりだと言っている。
「さぁ! すべては親愛なるモルレッド様の新政のため。汚らしいウジ虫にはここで消えてもらう」
第七話、楽しんでいただけましたでしょうか?
やはり、戦闘シーンは難しいですね。執筆速度がカタツムリになってました(笑)
もう少し頻度を高めたいとは思ってます!
では、また読んでいただけることを願いつつ、第七話を締めさせていただきます。
蓮斗はルーガンを倒し、エディバラを攻略できるのか⁈