第六話 緊急事態と力の片鱗
王宮を出てから数時間。俺たちは至って順調に進んでいる。
唯一気になる点があるとすれば......
「アーキス! なんで自分用の馬を準備してねぇんだよ!」
そう、俺は今アーキスと同じ馬に乗っているのだ。
彼女は俺に馬の操作を任せ、自分は横乗りスタイルで鼻唄を歌う余裕すらあるらしい。
さらにアーキスは乗馬用の装備はおろか、宮殿で着ているようなパーフェクト・オブ・ドレスでこの旅に挑んでいる。
「仕方ないでしょ! まさかこんなに早くみんなが出ると思ってなかったし...」
アーキスは足をバタつかせながら気恥ずかしそうに答える。
俺とアーキスが話している間も、ボールスとブレイクは永遠と周囲の警戒をしていた。
✳︎
日もだいぶ傾いてきた頃、俺たちは宿があるミラミと言う町に着いた。
宿に着きボールスから軽い諸注意を聞かされ、今日は解散となる。
「蓮斗、今日はお疲れ様。今日の旅はお前がネックになると思ってたけど、まさかお前が馬に乗れたとはな...」
ボールスに言われてムッとなる。
が、そんなこと気にしない様子の彼は言い忘れてたと前置きをして一言。
とにかく”日が落ちたら町の外に出るな“と。
俺がその理由を聞く間もなくボールスは行ってしまった。どこか腑に落ちないが、とりあえず自室に入ることにした。
しばらくくつろいでいると、扉をコンコンと叩く音がし、はいるぞ〜と言いながら見知った男が入ってくる。
ブレイクと...後ろにいるのはアーキスか。
「蓮斗! お前が無事に旅へと出れたことを祝して、今から軽くうちあげするぞ!」
ブレイクは興奮し切った様子で、後ろのアーキスすら少し引き気味である。
一応、ボールスは? と尋ねて見るが、アーキスが不満げに
「”私の“誘いを断って、仕事をしてるわ」と一部を強調して話してくれた。
そこからは、ブレイクが持ってきてくれた飲み物や軽食を食べながらとりとめもない話をした。
それぞれの家族のこと。俺のいた世界のこと。
この世界のこと。
これから行くエディバラのこと......
*
アーキスがこくりこくりとし始めていたとき、外で轟音が響いた。窓から見ると、遠くの方で火の手が上がっているのが見える。
俺もアーキスも状況を飲み込めずにいたが、ブレイクは1人剣を持って立ち上がった。
「蓮斗、アーキス姫は頼んだ。俺は外の様子をみてくる。2人はここで待っていてくれ」
そう言うとブレイクは部屋を出て行こうとする。俺は一緒に行くと申し出たが、勇者様の出る幕はないと宥められた。
遠くでは爆音が断続的に響き、町の中がどんどん騒がしくなっていく。
ブレイクが出て行って数分、ドアを蹴破ってボールスが入ってきた。
「アーキス姫! すぐに避難を。宿の前に護衛の騎士を待たせています。あ...蓮斗もいたのか。お前は...とりあえずついてこい」
ボールスの対応の差は相変わらずあからさま。
ただ、考える時間などほぼなく、ボールスに急かされてそれぞれの行動を始める。
「おいボールス。いったい外で何が起きてるんだ?」
そう尋ねると、ボールスは馬に乗ってから説明するとだけ答えてそそくさと部屋を出ていった。
俺は勇者の剣を手に取り、ボールスについていく。
外は慌ただしく、町の中心から遠ざかろうとする町人と、それを整理する騎士でごった返していた。
急いで馬に乗り、先駆に道を開けてもらいながら進んでいく。
ようやく人が少なくなったところでボールスが口を開いた。
「俺は夕方”日が落ちたら町の外に出るな“といったよな。端的に言えば、エーテル騎士団の連中がこの町にドラゴンどもを引き連れて来やがったんだよ」
ドラゴン...? ドラゴン⁈ 流石に嘘だと思ったが、そんな考えは数秒で打ち砕かれた。
ボールスが咄嗟に俺を引っ張る。
その瞬間、直径数メートルにもなる水柱が道も建物も関係なく町を引き裂いて行く。
「水龍がこんなところまで来てやがるのか。蓮斗! お前はこのまままっすぐ行け!」
そう言うとボールスは剣を抜き、馬から上空の水龍へと飛びかかっていく。
俺は言われた通りに馬を走らせるが、目線は水龍と一騎討ちをする騎士に向いていた。
だんだんと両者の姿が見えなくなり、町の端へと辿り着こうとしている。
その時、途轍もない風圧で気づくと馬ごと空を舞っていた。
俺はなんとか周囲を見渡し、近くの街路樹に目標を定める。
背中からダイブすると、木の枝が折れる音と一緒に想像を絶する痛みが背中から全体へと走った。
力が抜け、自分が生きていることを確認しつつ空を見上げると、1人の騎士が浮いている。
燃え盛る町の中、黒い羽を纏ったその騎士は表情を変えることなく俺の方へと舞い降りてきた。
俺はギリギリのとこで立ち上がり、剣を構える。
そして黒羽の騎士は騎槍を構えると、至って普通の調子で話し出した。
「私はエーテル騎士団の副団長エクター。貴様が国王の言っていた“勇者”か。貧相な見た目...そのような装備で我らに勝とうなど、傲慢なッッ!」
エクターが一気に間合いに入り、騎槍を突き立て突っ込んでくる。
なんとか直撃を避けたが、鋼鉄の鎧との正面衝突。腹の底から赤黒い塊が込み上がってくるのを感じた。
「所詮は素人。戦闘など碌に出来もせんくせに、勇者気取りとは。ここで死ぬがよい」
ドッ という衝撃波とともに暗紫色の騎槍が俺を貫こうとする。俺は馬鹿正直に剣を振り下ろす。
一瞬だが騎槍と剣が接触し、エクターの軌道が大きく逸れた。
副団長はそのまま家屋に突撃し、煉瓦造りで頑丈なはずの建物が爆音をあげて崩れていく。
数秒が経ち、砂煙と紅炎の中から翼を広げた黒い影が見えてくる。
「エーテルの神よ...今こそ我に力をッ! 悪しき勇者はここで消えろ! 黒羽のイカズチ!」
まだはっきりとは見えない黒の翼が大きく開き、各所が不規則に光りだす。
何かを考える暇もなく、不規則な光は瞬時に破壊の光となり襲いかかってくる。
死を覚悟した。
避けれるはずのない光線が、俺を焦点にして飛んでくる。怖くて動くことすらままならない。俺もここまでか......
それでも、心のどこかで強く生きたいと願った。
生きてアーキスたちと会いたい! 元の世界で学園生活を謳歌したい!
それが全てのトリガーになった。
恐怖で硬直していた手足が一気に解放さる。
うおおおおおおおおおっ!
全身全霊を込めて光の一撃に剣を突き刺す。
光線は剣を中心に散乱し、次の一振りで完全に消滅する。
俺の足はのしかかる重圧に悲鳴をあげていたが、構わずエクターに飛びかかる。
騎槍と剣が交差した。
金属同士が擦れ合い、火花を散らしている。
「貴様......lv5である私の黒羽のイカズチを止めるとはな。貴様の属性やレベルは知らんが、厄介者と見た。ここで仕留めれんのは惜しいが、今回ばかりは見逃してやろう」
エクターはそう言うと騎槍を大きく横ざまに打ち払い、黒羽を広げて飛び去る。
俺は追おうとしたが、堰を切ったように全身が激痛に襲われ、その場で動くこともできずに倒れこむことしかできなかった。
*
「・・・・・・ト! ・・・ント! レント! 起きなさいよ! ねえ!」
聞き馴染みのある少女の声で目が覚める。どうやら俺は、戦闘の疲れで眠っていたらしい。
身体中を駆け巡っていた痛みはほとんど無くなっていた。
状況はイマイチ理解できてないが、体を起こして少女の方を見る。
日が上りはじめ、壊れ果てた町に朝がやってきている。
「アーキス...心配かけたな。もう大丈夫ぁ⁈」いい終わる前に今にも泣きそうな少女は俺をギュッと抱きしめ、安堵のこもった声をあげていた。
俺は応えるように彼女の頭を撫で、生き残れたことを噛み締める。
俺たちの時間は、空気の読めない騎士の咳払いで幕を閉じた。
「王都より早馬が到着している。さっさとこっちへ来い!」
ボールスのお叱りを受けたところで、我に帰った。
考えてみれば、騎士だけでも30人近くに囲まれた中で抱き合う王女と勇者。
顔が沸騰しそうなほどに熱くなる。
この状況を打開するためには、ここで動かない少女の代わりに俺が動く他ないらしい。
ほとんどしがみつくような状態のアーキスを抱えて、俺はその輪を抜けた。
輪を抜けると高笑いしながらブレイクが話しかけてくる。
俺は全力でそれを無視し、ボールスが入って行った町の酒場へと足を運んだ。
円卓にいたのはボールスと早馬と思われる軽装の騎士。
入って早々、ボールスが口を開く。
「やっと来たかバカ勇者。面倒な事になった。アーキス姫を降ろしてさっさとそこに座れ」
「面倒な事......それは、エディバラ城がヤツらに乗っ取られたらしい」
第六話、お楽しみいただけだでしょうか?
なかなか定期更新ができない筆者の四条です。
プロットを作ってから書き終えるまでおおよそ6日。もっと作業効率を高めなくては!
次回もまた読んでいただけることを願いつつ、第六話を締めさせていただきます。