第三話 一目惚れとクラスメイト
1時間目が終わるまでの間、俺と歩は保健室で待つこととなった。
前田先生がこの部屋を出て行ってから約5分間。ベットの横に椅子を置いて座っている彼女と俺との間には長い沈黙が続いている。
「あ、あの。せっかくだし、霧谷くんのこと、教えてくれないかな?」
その沈黙を破ったのは歩の方だった。
「あ、そうだな。名前は....知ってるか」
やばい。可愛すぎる。天使かよ。
そう、さっきから頭の中は夏川歩のことでいっぱいなのだ。
歩の一挙手一投足が気になり、永遠と見入っていたいと心から思っていた。
もちろん自己紹介を考える頭なんて到底残っていない。
俺はいたって普通の男子高校生。恋をすることもある。
そしてこれは完全に“一目惚れ”だ。
「じゃあ、私から自己紹介するね」
俺を見かねたのか彼女の方が自己紹介を始める。
「あらためて、私は夏川歩。好きな動物はペンギンで、嫌いなものはあんまりないかな。誕生日は3月18日だよ――」
俺は歩の自己紹介を相槌を打ちながら聴いた。夏川さんと一対一で、しかも自己紹介をしてくれているのだ。嬉しくて仕方がない。
彼女からバトンパスをされる。
「俺の名前は霧谷蓮斗。好きな動物は....犬かな。家で犬飼ってるから。誕生日は6月19日で――」
歩のリアクションもあってか、そのまま話が盛り上がっていった。中学生時代に好きだった教科や面白かった話など、たびたびみれる彼女の笑顔が最高に可愛い。
*
チャイムが鳴る。
その音は俺と彼女の2人きりの時間に終止符を打った。もちろん学校である以上仕方のないことなのだが、寂しいものだった。
歩と一緒に教室へと向かうと、教室ではクラスメイトたちが2人を暖かく迎え入れる。歩は俺の元を離れ、蓮斗はとりあえず席に着く。
席についた俺は歩のことに異世界のことなど色々と考えていた。
周りが騒がしいな――
俺が気づいた時には、席の周りに男子たちが集まってきていた。
「お前、校門で倒れてたんだろ?」とか「夏川さんと1時間2人っきりとか、羨ましいぞ!」とか「何話したの?」とか。質問に次ぐ質問。
男子たちの対応に俺は永遠と追われた。
「はい! 席着いて。2時間目始めるよ!」
保健室で聞いた前田先生の声が教室中に響き渡る。
2時間目はどうやら”他己紹介“をするらしい。10分ほど隣人と話す時間が設けられた。
隣人はかなりのイケメン。いわゆる陽キャなのかと思っていたが、話してみるとかなりいいやつだった。
出身中学や好きなアーティスト、様々な話をしながら他己紹介のメモを作る。
ひとしきり話したところで、やっぱり保健室での夏川さんとの話になったのは言うまでもあるまい。
━━━━
「まったく! 何をしてるの!」
アーキスは南大砦で声を張り上げていた。
あの時、イージスは咄嗟の判断で蓮斗を殴った。すべては民衆に“霧谷蓮斗“が別の世界から来たことを知られないためである。
「もし、民衆にあのことを知られれば、霧谷殿がどうなるかはお分かりでしょう」
イージスは冷静に、姫を諌めようとする。
アーキスはそう言われて口を閉じた。
イージスの判断が間違っていないことは彼女自身よくわかっていた。
大昔とはいえ、別の世界の人々によってアデリティ王国が酷い目に遭ったのは知っている。
しかし、目の前には目覚めない彼。次いつこっちにくるか分からない彼を前にすると、なんだか心が沈んでしまう。
そんなことをしているうちに日が暮れ、夕食の時間だと兄に呼ばれて蓮斗のいる部屋を去った。
明日、また会えますように。
━━━━
オリエンテーションが終わり、なんとなくクラス内で仲良しグループが形成されている。
俺もクラス内の男子グループに属していた。
今日は色々あったな。そんなことを考えつつ、帰る準備をする。
「霧谷、一緒に帰ろうぜ」
グループのメンバーからの誘いだった。
俺はそれを快諾したが、また”あの世界“に飛ばされないか少し心配だった。
「バイバイ!」
教室を出る時歩が手を振ってくれる。
一瞬反応に困ったが、天使の微笑みにつられて俺も手を振りかえした。
結局、心配は杞憂となったのだが、同時に、“法則性”の見えない転移の条件に寒気がしていた。
*
翌朝。重い足取りで学校に向かっていた。
「おっはよ〜霧谷くん!」
俺は後ろからかけられた声に反応する間もなかった。鈍く、それでもって少し柔らかい衝撃が背中から全身へ伝わる。
「うわっ!....陽香だな! なにしやがんだよ!」
俺にぶつかってきた張本人、藤井陽香は俺の幼馴染である。
「だって〜せっかくの学校日和なのに浮かない後ろ姿してるだから〜」
自分でも気づかないうちにオーラでも出していたのだろうか。
異世界に飛ばされないか考えていると、ただ校門をくぐるという行為すらが怖くなっていた。
しかし、説明してわかってもらえるとは到底思えない。とりあえず俺は気丈に振る舞うことにする。
「なことねーよ。もしそうだったとして、そんな奴にタックルするな!」
陽香は少し不安そうな面持ちだったが、気にせずに教室へと向かう。
まだ見慣れない教室の中で、俺はまた異世界のことを考えていた。
――どうして俺が異世界に飛ばされたんだ。
初の異世界転移はかなりいきなりだった。心情も特に大きな起伏があったわけではない。
それに今日もなんら変わらず校門を通ったのに転移することはなかったのだ。
何度考えてもわからない。2度とあの世界に行かないためには原因の解明と対策が必要なのに。
「はい! 朝のショートホームルーム始めるよ」
前田先生の声を聞くとなんだか安心するな。
そんなことを思いつつ、今日も学校生活が始まった。
第三話「一目惚れとクラスメイト」楽しんで頂けましたでしょうか? 蓮斗の恋愛に対する幼さ(?)には困ったものですね。中学生時代の恋愛事情が窺えます....。
次はいつ異世界に行くんでしょうかね。
また皆さんに読んでいただけることを願いつつ、第三話の締めとさせていただきます。