第十四話その二 堅牢な神殿
山を下り、集落の前まで行くと木製の壁と門に俺たちの足は止められた。
「門を開けよ! 我々はアデリティ王国の使節である。貴国皇帝の許可も得ているのだぞ」
もう何分になるんだろうな。ボールスが櫓上の衛兵に向かって開門を要求しているが、一向に開く気配はない。
あまりに非協力的なせいかかくなる上は武力で......なんて息巻いている騎士もいたが、見たところ100人以上いるよくわからない民族相手はいくら鍛え上げられた王国の騎士でも敵わない。何より、王国の使節が乱暴を働けば外交問題になりかねないし。
そういうわけで膠着していたのだが、門の左上にある櫓にいかにも族長ですと言いたげな、派手派手なおじさんが出て来た。
「うちの馬鹿どもが迷惑をかけた。帝国より話は聞いておる。ただ、ヴァウ神殿は入るだけで命をすり減らす神聖な場所である。長居は禁物である事を忘れるな」
低い声で俺たちを脅かしているようにも思える。
門が開き中へ入ると、住民たちの怪訝な表情に一瞬全員が怯んだ。
王都の端にあるスラム街と同等。いや、やつれた人やボロボロの家を見ればそれ以下と言わざるを得ない惨状。
「ここしばらくは不作が続いてな。この村には余裕がないのだよ」
急に現れた派手派手村長の言葉は平たく、どことなく他人行儀だった。
見れば見るほど村の人たちの苦しむ様子がわかってしまう。王都ではいつもはしゃいでいるはずの子供達に元気がない。俺のいる現世でも超大国が飽食すぎて問題になっているが、この世界でもその構図はあまり変わらないらしい。
ヴァウ神殿へと近づくと人の姿がまばらになり、嫌な匂いが立ち込めているのがすぐにわかった。
「これまたすまぬな。この村にとって神殿は全てを浄化する場所。飢え死んだ者どもを埋めなければいけぬのはわかっているのだが、もう手が追いついていないのだ」
軒下に置いてある麻袋みたいなやつって...考えるだけで鳥肌が立つ。大きさは様々だが、やはり小さいものが多い気がした。
どの時代どの国どの世界でも飢餓問題は起こるものなんだな。そしてその最初の犠牲者となるのは必ずと言っていいほど子供だ。
そんなことを考えているうちに神殿前へと到着した。クリーム色の神殿はローマ時代の建築を彷彿とさせ、ところどころ崩れている箇所すらもが風情を感じれるほど美しい。
神殿の内部と外部は完全に扉で隔てられ、内部の様子は分からない。数名の騎士が前に出て、銀色の取っ手を掴み扉を開ける。
ガザザザザ――地面と擦れ合いながら開く扉。神殿の内部は暗く、数メートル先はもはや何も見えないほどだ。
神殿内へ最初の一歩を踏み出すと両側の壁にある松明が次々と光だし、壁も天井も床にまで広がる全面壁画の通路が見えてくる。
全自動照明なんたハイテクだな。
壁画はエジプトなんかで見られるような儀式のもから人々の生活のものまで、神に向かって人々が跪くものや狩をしている場面など様々だ。
内部はひんやりとしており、生物感を感じることはない。
「ここから先は一族の者は入れない。まっすぐ通路を進めば神殿の中核があるはずだ。汝らの求めるものはきっとそこにあるぞ」
長老的なおじさんは足早に神殿を後にし、残った俺たちだけで内部へと進んでゆく。
*
命をすり減らすなんて大袈裟な...なんて思っていた俺をグーパンチで殴ってやりたい。
長老が帰ってから10メートルほど歩いた時点で異変は起きはじめた。
急に手の力が抜けて、持っていたランプを落とす騎士。俺もいきなり足の力が抜けて壁に寄りかかってしまうなど。
「気をしっかりと持て。聖域はこの世界で殿上界と最も近い場所。気を抜けば精神を根こそぎいかれるぞ」
こういう時に頼り甲斐のあるボールスだが、その声も若干間の抜けた感じがする。
階段をおりるとすぐ。目の前に巨大な扉が現れた。壁画の様子も一変し、どこかで見たことのあるような一面の大草原だ。
奥行きの出し方が巧みすぎてもはやそのまま草原が広がっているようにも見える絵の中に一際目立つ金ピカの取っ手がある。
騎士2名が金具を持ち扉を開けると、青白い光が俺たちを襲った。
ようやく目が慣れてくると部屋の中心には青く光を放つ人間サイズの宝石のようなものがある。部屋の内部は4面に草原が描かれて、中心の宝石の台座はそれ自体が小さな神殿のような構造をしていた。
「ボールス。こことエーテル教とになんの関係があるのだ! どう見てもただの神殿ではないか」
取り乱しているエトリンスに対し、ボールスはやれやれといった調子答える。
「国王陛下の話によると、エーテル教の聖遺跡の最大格ではないかとのことだ。奴らの力の権化ならば破壊するのが手っ取り早いだろ」
これを...破壊する? やはり神使書と同じ事をしようとしているのか。ここまで目的が一致するとどうにも引っかかる。まあ、アーキスや歩を救うため。これでエーテル教まで弱体化するなら一石三鳥くらいあるだろ。
ただ、問題は誰が破壊するのかだ。そもそもこんなの破壊できるのか?
「よし。じゃあ蓮斗。コアの破壊は頼んだ」
......⁈ 俺なのかよ!
ボールスに急かされてとりあえず剣を抜く。
『勇者の一撃!』
青白い光を放つ神殿の“コア”に斬撃が届く。
刃が触れた瞬間。俺の腹にとんでもなく鈍い衝撃が走り、吹き飛ばされた。
エトリンスクが庇ってくれたおかげで壁への激突は避けられたが、全身が悲鳴をあげているのがわかる。
「これは厄介だな。どうして蓮斗が吹き飛ばされたのかがわからなかった。蓮斗。もう一度頼む」
こ、こいつは鬼か⁈
「そ、それはおかしいだろ...」
痛すぎて声はほとんど出なかった。
「ちょっとボールス! レントが可哀想だとかは思わないわけ? 労りなさいよ!」
アーキスからのナイスなフォローが入ったその時。
「おいお前ら! 大丈夫か!」
エトリンスクが叫ぶ。目線の先を見ると入り口の警戒をしていた5名の騎士たちが倒れている。
これが村長の言っていたことなのか⁈
「ボールス...今すぐに避難をするのだ。このままでは全滅してしま......」
エトリンスクがその場で地に伏せる。これは相当まずい。高位の能力者ですらこの有り様。倒れている全員を見捨てても助かるかは未知数だ。
「おいボールス! 何やって......⁈」
俯いているボールスをよく見てやっと気づいた。すでにボールスは気を失っているのだ。
「ブレイク! アーキスを連れ出してくれ! きっとこの神殿にに長居していたからだ。俺だけでやり遂げる。だから、だからアーキスを頼む」
ブレイクは覇気のない返事をし、これまたフラフラのアーキスを連れて出て行った。
青白く輝くこの石を破壊できれば状況は変わってくれるはずなんだ。考えても無駄なら、とにかく攻撃を叩き込むしかねぇ!
何度も斬撃を打ち込んだ。その度に吹き飛ばされ、壁にぶち当たって血が流れる。
目の前はぼやけて、剣を持つ手に力が入らない。このままじゃ命が持ちそうもないな。それでも、諦めるわけにはいかない。
『あらあら、健気なことですね。私はあなたのそういうところ―――』
聞いたことのある透き通った声。間違えない、セレネのものだ。
「なあ頼む! 俺を...俺たちを助けてくれ! 俺は結局何も守れなかった。公園でお前に剣を向けたことは謝るから! 頼むよ...」
藁にもすがる思いだった。神様であるこいつならなんとかできるんじゃないかって。
『そうですねぇ。私はあくまでも管理者。過干渉は禁物なのですが』
やっぱり一筋縄じゃいかない。そりゃそうか。自分勝手に剣を抜いたのも、好きな子を守りたいのも、今の状況を作り出したのも全部俺。セレネには何もメリットがない。
『でも、あなたがここで諦めると私が困るのです。仕方がないので助けてあげましょう』
その声を聞いて涙が溢れてきた。これでみんな救われる。
『ここと...廊下に倒れていたお仲間さんの命を助けてあげましょう。奪われた生命力を再度入れた後、安全な場所へ送ってあげます。あなたに与えた“権限”も範囲を広めてあげます』
ただ、と彼女は前置きした。
『神殿の破壊はあなた自身が行いなさい。今こちらに”剣聖“が来ています。あやつならこの神殿を容易く破壊できる。横取りされたら......神使書は絶対に達成できませんね』
悪魔的な微笑みをうかべる神。忘れかけていたが、神使書の内容は俺の手で達成しなければいけない。彼女の言う“剣聖”がどんなのかは知らないが、負けるわけにはいかないよな。
「わかった。必ず神使書は達成してみせる」
俺がそう言った途端セレネは何かを詠唱し、瞬く間に倒れていたボールスたちと共に消えた。
これで一安心だな。セレネが裏切るなんてことも頭をよぎるが、ないと思いたい。
もう一度青白い光を放つヴァウ神殿の“コア”を見る。歩もアーキスも、どっちもを守るため。
『勇者の領域!』
..........
ダメなのかよ。どうしてここぞと言うところで出てきてくれないんだよ。
弱音を吐いた瞬間だった。突如として俺の持つ剣が変色する。金属らしいシルバーから、黄金のように眩い金色へと。
何が起きているかはわからない。でも、これは大チャンスだ。今なら神殿の“コア“を破壊できるかもしれない!
剣を大きく薙ぎ払う。
剣先が触れた瞬間に反射してくる激痛なんて気にもならなかった。
ガラス細工が地面に落ちて弾けるような甲高い音。放っていた青白い光を失い無色透明になる神殿のコア。
一瞬のうちに全体がひび割れ、四方八方へと破片が巻き散る。
......やった。やったんだ。セレネの力は借りたが俺だけの、俺の手で壊したんだ。
その場で座り込み、息を整える。
みんなのところへ帰ろう。そう思って立ち上がったその時だった。
壁に奥の見えないほど長い穴が空いている。高さも横幅も“ザ・一般人向け”な感じ。そんな穴がこの部屋全面に空いているのだ。
カシャ......カシャ...カシャ
近づいてきてるのか?
足音がさらに近づき、真っ暗闇の中からボンヤリと見えてくるシルエット。
間違いない。騎士だ。
ただ、なぜヴァウ神殿の最深部に騎士たちがいるのだろうか。敵か味方か。はたまた第三勢力の可能性すらある彼ら。
その正体がわかるまでに、俺はあまりにも彼らを近づかせすぎた。
目が光ってやがる⁈ まさかコイツら人間じゃないのか!
ドッと。襲いかかってくる謎の騎士に対してギリギリのところで剣を抜く。
1体目を何とか受け止めるが、その後ろからも次々と“殻の騎士”たちが出てきた。
鍔迫り合いがやっと。況してや複数体を相手になんてできるわけがない。
『勇者の一撃』
押し込んだ刃が騎士にめり込み、胸あたりまで食い込んだところで鎧がバラバラになった。
コイツらにもコアがあるのか? でも、1体でこの力。少なくともあと10体は...あがぁ⁈
あまりの激痛に息ができない。恐る恐る脇腹の辺りを見ると、先端を鮮血で染めた剣が突き出ていた。
あああああぁぁぁっぁぁぁぁあぁぁっあ!
心臓が俺を生かすために激しく鼓動する。その度に傷口から血が溢れ出てきた。
ひたすらに叫んで、息もろくに出来ずに何度も何度もえずいた。
剣を抜かれ、その場に伏せる。アイツらの意識が別の方に向いたのはすぐにわかった。
血の池の中でただただうずくまることしかできない。
この出血...ダメなやつだよな。アーキスたちは大丈夫かな? アイツらが神殿の外へ出て行こうとしていたのはわかる。
まあボールスもブレイクも、エトリンスクもいるんだし安泰か。剣聖も来てるらしいし、何とかなるよな。
歩、本当にごめん。約束は果たせてないし、もう2度と会えそうもない。流石にこっちの世界で死ねば元の世界でも死んでそうだし。
まだまだしたい事はあったんだけどな。あとはみんなに任せよう。俺の分まで―――
*
深い湖に沈んでいく。目からの情報は消え失せ、微かに聞こえる耳だけが頼りだった。
「勇者とアーキス姫に何かあればと陛下に仰せつかったが、何かあったのは勇者だけのようだな」
話し声? 淡々とした声で話しているが、相手の声は聞こえてこない。
「あぁ。やはり神殿には仕掛けがあったな。鎧だけで動く騎士が数百。どれもlv.5以上の実力があった。これで勇者の力がよくわかった。この者は相当な―――」
◇
ツイッターではお伝えしましたが、私は第二章をもってしばらくの間投稿をお休みします。
もちろん執筆は楽しくて、息抜きになるので続けます!
完結後もたまに作品を上げれたら嬉しいな。
という事で第二章完結まであと5話。一緒に盛り上がって参りましょう!