第十一話 嵐の前の嵐
久しぶりの学校はなんだか無性に緊張してしまう。なぜ緊張しているかだって?
なんせ俺は、もう4月も中頃になるというのにまだ片手で数えれる程しか学校に行っていないのだ。
どうして学校にいけなかったのか?
理由はたったの1つ。俺は異世界で勇者としてエーテル騎士団とかいう連中と連日戦っていたんだよ。
要するに、行きたくても行けない。アフリカの子供達と大差ないような状況だった(全く違う)。
でも、今は違う。またもやどういう原理かはわからないがこの世界に戻って来れたのだ。
そんなことを考えつつ歩いているとようやく見えてくるのが俺の通う桜花高校。ただ、今は何やら工事をしているらしい。
陽香に昨日教えてもらったことだが、俺を異世界に飛ばしていたこの学校の正門は歴史的に重要な文化財であるらしく、保全作業? が行われているそうだ。
そう長くはかからないそうだけど、セレネの神使書をクリアするためには”あの門“をくぐって異世界に行かないと始まらない。
ということで俺はいつもより遠い東小門を通ることに決めた。桜花高校はなかなかに広く(中高一貫なため)東西南北4つの大門と複数の小門がある。俺が普段使っているのは東大手門とか言われているらしい。
久々の学校は活気に満ちていた。運動場では朝練中のサッカー部や野球部。登校しているやつらも和気藹々と春の過ごしやすい季節を満喫しているようだ。
教室にたどり着く。俺の緊張はマックスだったが、入ってみると案外平気だ。久しぶりに登校する俺を物珍しそうに見る女子。教室の後ろ側でたむろしていた男子たちすらも俺を凝視している。
......有名人にでもなったみたいだな。
席に着くと、机の中の大量のプリント類が俺の到着を待っていた。4月といえば春のプリント祭り。特に新入生である俺たちに配られるそれの量は他学年と一線を画している。
学校だよりに学年だより。各教科の授業プリント...あれ? 板書がしてある。
「お! 蓮斗久しぶり〜」
急に話しかけてきたのは...誰だっけ?
「おいおい! まさか俺を忘れたとか言わねぇよな⁈」
本当に誰かわからなかった。申し訳ない。
「さ・と・うだよ! 佐藤純也! ったく〜覚えとけよな」
言われてやっと気づいた。佐藤か!
「ごめんごめん。ちょっと時間空いたからさ」
数日空いただけで仲良くしてもらっている友達の名前を忘れるのかはかなり微妙なラインだが、佐藤も仕方ないとうんうん頷いている。
「おっと! そんなことより、その板書。夏川さんがお前のためにしてくれたみたいだぜ。羨ましいやつめ!」
夏川さんが? 俺のために? この綺麗な板書も、たまに要点がまとめてあるのも、全部夏川さんがしてくれたってこと⁈
途端に気分が舞い上がる。いや、舞い上がらずにはいられない。
「蓮斗、顔赤くなってるぞ。まぁそうだよな。夏川さんクラスの可愛い子にされたら顔も真っ赤になるよな」
言われて余計に顔が熱くなるのがわかった。これ以上授業プリントを見ているとゆでダコになりそうだったので、別のプリントを見て気を紛らわす。
PTA(保護者会)関係のプリントの裏に学級名簿が載っている。意外と俺の家と近い中学校から来てるやつもいるんだなとか、内部進学が半分くらいなんだなとか思っていると、ある名前を見つけた。
”朝間夏樹“
手が震える。セレネの神使書通りにするなら、俺が”処理“しないといけない相手。
こんなところにいるなんて思っていなかった。完全に無関係な人だったら、まだ気持ちの整理ができたかもしれないのに。
俺はそっと、座席順で早い方を見た。
もう、俺にはクラスのざわめきなんて何も聞こえてこない。
そこには、朝間さんと楽しそうに話す歩の姿があった。
息が詰まる。受け止めたくない現実に、脳が考えることを放棄している。目の前がぼやけていく。どうしてあの子が対象になっちまったんだよ。
「......んと? 蓮斗? おい! 急にどうしちまったんだよ」
俺を目覚めさせてくれたのは佐藤だった。
「夏川さんと一緒にいる朝間が気になんの? お前見た目に反して一途じゃないんだな〜」
佐藤に軽く言われて俺は咄嗟に言ってしまった。
「俺は夏川さん一筋だよ!」
クラス中が静まり返る。声が大きかった。大きすぎた。流石の佐藤もやや引き気味で俺を見ている。況してやクラスの他の奴らの視線など、考えなくてもその冷ややが感じられた。
「ホームルーム始めるよ〜。あれ? みんなやけに静かだね」
今、教室で愛の誤爆があったとも知らない担任の前田先生が無情にも俺を教室へ縛りつける。
5分ほどの朝のホームルームですら俺には数時間に感じられた。さっきからクラス中の視線が痛すぎる。
なんせ、しばらく学校を休んでいたやつが久しぶりに来て、朝から『夏川さん一筋』などと言うイタスギル発言をしたのだ。俺がクラスメイトであっても同じ反応を示しただろう。
*
1時間目は体育だ。男子たちからは“面白いやつ”認定されてこの前以上に大勢のやつが俺の元に集まっていた。
やることは体力テスト。小中学校を通して平均少し上くらいの成績だった俺からすれば、なんの面白味もない行事である。
準備運動をして、早速男子はハンドボール投げを始める。体育の先生が気を遣って俺に後日でもいいと言ってくれたが、俺は断った。なんせ後日測定は放課後に行われるそうな。貴重な放課後を体力テストに使いたくはない。
出席番号の早い方から順に2回ずつ投げる。中には40メートルほど投げる猛者もいるのだから羨ましい。
俺の番がくる。去年は確か...29メートルだったかな。今年もそれくらいいけば十分。
1投目は軽く......おらっ!
高かった。いつもの倍くらいの滞空時間。
運動場にいた男子全員の目が一点に集中する。
とてつもなく大きな弧を描いたボールが、計測用に引かれた白線目掛けて落ちていく。
「記録、54メートル!」
周りの全員が沸き上がる。誰にも越されないと思っていた運動部の連中すらも度肝を抜かれた様子だった。
もう一投も52メートルと今までの俺には意味のわからないほどよく飛んだ。
俺の元にはクラスの男子全員が集まり、中学時代の記録や部活動など質問攻めにあった。
続く50メートル走。その待ち時間にハンドボール投げ中の女子から歓声が上がった。
走り終わって帰ってくる男子たちは口々に
「朝間さんが47メートル投げたらしい」
と報告し、男子まで沸き上がった。
女子で40メートル越えは滅多にお目にかかることができない。それをプラス7メートルで成し遂げた朝間さんの運動能力......
そのあと俺は50メートルを6.3秒で走り抜いたわけだが、朝間さんに話題を持って行かれたのとか色々でそこまで話題には上がらなかった。
去年とは比べ物にならないほどの急成長。もしかしてこれも“異世界転移”の影響なのかな?
でも、それは本来おかしな話である。俺の負った怪我や疲れは異世界から引き継がれないのに筋力や体力だけが引き継げるなんて都合が良すぎる。
まあ、考えたところで解決できそうもないので俺は考えるのをやめた。
*
今日1日を通して、いくつか心にきたことがある。
ひとつは“朝間夏樹”のこと。神使書に名指しで書かれているのもわからないが、あの身体能力。男子ほぼ全員に勝つほどの力はどこから生まれているのだろう。
そして1番は歩のこと。朝にあんなことがあったから当然といえば当然だが、今日1日一度も話せていない。俺が近づけばいそいそと離れていくし、なんといっても女子たちのガードがかなり硬かった。
明日こそは話せるかなぁ。そう思いながら荷物をまとめて帰ろうとした時。
「蓮斗! 今から男子で部活体験回るけど一緒にくるよな?」
佐藤からの誘いだった。俺の青春センサーがすぐさま反応し、二つ返事でOKした。
バスケ部にサッカー部、文化系の部活動なども含めてこの学校には30ほどの部活があるらしい。
見て回ったところはどこも楽しそうだったが、一ヶ所いくとだいたい1、2人が脱落(勧誘に捕まった)していった。
俺もバレー部で捕まりかけたが、時間がないと言ってなんとか抜け出すことに成功。
結局、運動部を見ている間にほとんどのやつがいなくなり俺だけが取り残された。
部活は入ってみたいけど、運動部じゃなくてもいいかな。明日は文化系の部活も見てみよう!
気持ちを切り替えて、今日は帰ろう。
そして生徒玄関へ着いた時、俺は1人の女子生徒と出くわすこととなった。
第2章「世界怯防編」ついにスタートです!




