第十話 2つの世界の狭間で 〜新たな旅のはじまり〜
ここは...どこだ?
草の匂いが鼻を満たし、周囲を見渡すと一面原っぱになっている。ところどころにピンクや黄色の花が咲いており、一際目立つ。
この場所について思い当たる節は2つほどあった。
ひとつは新たな異世界へ飛ばされた可能性。正直これならまだマシだ。この前みたいに何らかの方法で現世に戻ることもできるだろうから。
もうひとつは......天国に召された可能性。エクターと戦ってからほぼ一睡もせずにエディバラを攻略した俺は疲れ果てていた。骨もいくつか折られていたのだからショック死しても何らおかしくない。
もしここが天国なら俺の人生はもう終わりってこと?......⁈
いやいやいやいや。待ってくれ。俺はまだ碌に学校にも通えてない。たくさんやりたいこともあったし、何より青春を謳歌できてない。
しかも、異世界での死が現実世界での死に繋がるのか? この前は何ともなかったはずだ。
とすればやっぱり異世界?
周囲には人も人工物も、動物すらない。
しばらく考え込んでいると、遠くの方に白のワンピースに麦わら帽子という何ともありきたりな姿をした少女がいるのが見えた。
ここにも人がいたことにかなり安心感があったが、同時に俺の二分の一の運命が定まると言う不安事項も湧いて出てくる。
ふと視線を話した時俺はびっくりしてしまった。なぜなら、先ほどまで遠くにいたはずの少女が目の前にいるのだから。
俺を覗き込む瞳はイエロー。髪の毛は薄ピンクでややカーブがかかっており、全体的にゆるいイメージがあった。
「存外お早い到着でしたね」
透き通る天使のような美声。一瞬で気持ちを持っていかれそうなほどだ。
「ええと。安心してくださいな。ここは天国でも、異世界でもありません」
天国ではないのならいいか。て、へ? 異世界でもないの? なら現実世界?
俺にはますます理解の及ばない事象が起きているらしいな。
「もちろん現世でもございません。ここは神々が住んでいる、いわば殿上界なのです」
てんじょうかい? ナビゲーター?
「あの〜聞きたいんだけど、君は誰なんだ?」
人間は理解不能になると意味のわからないことを言い出すと何かの本で見たことがあったが、本当なんだな。この質問を今する理由なんて何もないのだから。
「言い遅れました。私は時空の神、セレネと言います。以後お見知り置きを」
時空の神セレネ。どっかで聞いたことあるような気もするが、きっと何かの勘違いだろう。ギリシャ神話にハマっていた頃の名残だなきっと。
「もうひとつ質問させてくれ。どうして俺は殿上界ってところに来たんだ?」
驚いたような顔のセレネ。少し間を開けてから俺の質問に答えてくれた。
「あなたを呼んだのは私ですよ。なにを隠そうあなたの管理を仰せつかっていますからね。そして、呼んだ理由はただひとつ。“忠告”です」
俺を管理しているのか? この子が? そんなのは神話だけの話だと思っていた。
それに
「な、何だよ。忠告って」
怖くもあったが興味も湧いていた。忠告なんてカッコいい言葉を使われたことないし、女神が俺に対してどんなことを言うのかも気になる。
「では、単刀直入に言います。霧谷蓮斗...心を引き締めなさい。今後、私たち神を冒涜するような大事変が”現世“と“異世界”で起こります」
「起こることだけはわかるのです。ですが、私たち神はとある契約に縛られてこの事変に介入できない。あなたしか頼りがいないのです」
「未然に防げなければ2つの世界はぶつかり合い、共倒れすることでしょう。あなたの思い人も消えてしまいます。ここから先多くの苦難が襲いかかるでしょうがこれを耐え抜き、2つの世界を守り抜くのです」
もはや笑いが出てきそうだった。あまりにも壮大すぎる。何度でも言うが、俺はただの高校生だ。人1人を助けることもままならないし、ましてや片方の世界を救う“勇者”なんてできないと思っていた。
そんな俺に今度は2つの世界を救え? バカ言いやがって。無理に決まっている。人にはそれぞれ器があるはずだ。その器以上の事なんて出来っこない。
「......無理だよ。俺には。他を当たってくれ」
逃げたい。これ以上の重圧なんて真っ平ごめんだ。救えなかったら俺のせいとか馬鹿げてる。
「そうですか。ならばこちらにも考えがあります。ふ〜ん。アーキスと夏川歩ですね。1ヶ月後、どちらかの魂を抜き取ります。守りたいならば今から渡す神使書に従いなさい」
アーキスと歩の魂を抜き取る⁈
こいつはいったい何を言っているんだ。ゆるい見た目とは裏腹にとてつもなく怖い事言ってるぞ。
「まさか1ヶ月後にどっちかを殺すから、嫌なら自分達に従えって言ってるのか!」
めちゃくちゃすぎる。いくら神様でもやっていいことと悪いことくらいはあるはずだ。
「殺すだなんて人聞きの悪い。嫌なら神使書に従えばいいですし、多少遅れてでも従ってくれれば魂は返しますよ?」
ダメだ......自分のしようとしていることの重大さが全くわかっていない。このままだとまずい。でも何をどうすれば納得してもらえるかなんてわからない。
「まあいいです。そう言うことなので、こちらが神使書になります。それでは1ヶ月後にお会いしましょう。懸命な判断を期待します」
「おい! ちょっと待ってく――――」
足元が急になくなり自由落下を開始する。嫌な浮遊感で気持ちが悪くなったところで意識をまた失った。
*
......また寝てたのか。
今度はふかふかなベットの上で目が覚めた。
周期的になる電子音に生命感のない白色のライト。深く考えなくても病院だと簡単に気づくことができた。
「蓮斗! 目が覚めたの? 私のことちゃんと覚えてる?」
気が動転したように話しかけてきたのは幼馴染の陽香だった。懐かしいなぁ。まだ俺たちがガキだったころ、俺が熱出したら必ず陽香が看病に来てくれたっけ。
俺の手をぎゅっと握る白くて小さな手の暖かさに感傷気分にしばらく浸っていた。
「そうだ。さっきまで歩ちゃんが来てたんだよ? 本当に蓮斗は間が悪いよね」
笑って言う陽香には俺の気持ちなんてお見通しだって感じがした。
「ありがとうな。陽香」
俺の言葉に少し頬を赤らめた彼女を見ていると、彼女は何かを思い出したように1枚の紙を取り出す。
書道で使う和紙のような繊維の質感。どうやら陽香には白紙に見えているようだが、俺には書かれている文字が全て見えた。
......神使書。
殿上界で俺が貰ったいわば神様からの命令文。
「蓮斗の目が覚める数分前に気づいたら頭元にあったの。なんの紙だろうね?」
軽く言う陽香に対して、俺には絶望しかなかった。あれは夢や単なる脅しじゃない。俺が背負うべき十字架が目の前にある。
「そ、その紙は俺が預かっておこうかな。俺の頭もとにあったならきっと俺のだし」
無茶苦茶な理論ではあったが陽香は素直に渡してくれた。俺は受け取ったあと、しばらくそれに目を落としていた。
要約すると、大きく2つの命令と俺に与えられた1つの権限が書いてある。
命令のひとつは現実世界で“朝間夏樹”と言う人物を見つけ出し、処理すること。
もうひとつは異世界で“トルメニア帝国”なる国にある―――神殿を破壊すること。
そして俺に与えられた権限は『環』と言うもので、異世界と現実世界を繋げる権限らしい。正直使い方はよくわからない。
かなり平易な文で書かれているくせに内容は殺人に建造物の破壊と結構なものだった。
紙の1番下には刻一刻と時を刻む時計がついている。どういう原理かなんて知らないが、その針に迷いやズレはなかった。
「やっぱり蓮斗は不思議だよね♪ 私にはちょっとお高い半紙にしか見えないのに、なんだか文字が見えてるみたい!」
ドキッとした。陽香、俺のことをどこまで見通してるんだろうな。
あぁ。幼馴染ってすごいな。
そのあとはお医者さんや看護師さんたちに検査で振り回されて、挙げ句の果てには警察官から倒れた時の状況を事細かに聞かれた。
結局体に異常もなく、事件性も認められなかったため明後日には退院できるらしい。
これは後から聞いた話だが俺の筋肉量は入院前後で衰えるどころかむしろ増加しており、受験勉強のせいで低下していた代謝も相当改善されていたそうだ。
俺の担当医は首を傾げていたが、寝ている状態で測る筋肉量なんて当てにならないだろうとそことなく結論をつけてくれた。
*
神使書のことにあの後モルレッドがどうなったのかなど、不安や気になることは山ほどあるがとりあえずは学校へ復帰できることが喜ばしい。
いつの間にか歩と陽香はすごく仲が良くなっており、俺が起きたとメッセージを受け取った歩は塾を休んでまでお見舞いに来てくれた。
タイムリミットは淡々と迫ってきているがきっと何かいい落とし所があるに決まっている。
ここでゆっくりしている暇なんてない。ワンピース姿の女神が次のアクションを起こす前になんとしても解決策を見つけなければ......
俺がやらないといけない。アーキスや夏川さんを危険に晒すことなんて俺が許せない。
多分ではあるが異世界転移の法則も見当がついてきた。きっと桜花高校の“正門”に何か秘密があるはずだ。
朝間夏樹と言う人物を見つけるのは後回しにして、とにかく異世界のなんとか神殿を調査しないといけない。
これ以上誰も傷つけさせない。たとえ相手が神であってもこの気持ちは変わらない。どんな困難でも乗り切ってやる!
どうやら俺の青春は、思っていたよりも壮大でハードなものになりそうだ。
2月20日より投稿を開始した第1章「王国動乱編」ついに完結いたしました!
途中投稿ができなかったり、改稿が続いたりと決して平易な道のりではありませんでしたが、皆様のおかげでここまで書くことができました。
(詳しくは活動報告にてお話しします)
ということで、もうすぐ始まる第2章「世界怯防編」もぜひお楽しみください!
また読んでいただけることを願いつつ、第1章10話を締めさせていただきます。




