第一話 はじまりはいつも唐突に
春。それは出会いの季節だ。
新しい制服に腕を通し、自分が高校生になった事をまじまじと自覚した。
まだ見慣れない高校への道には桜並木があり、これから始まる学校生活を祝福してくれている。
普通ならなんて素晴らしい門出なんだろう、と感嘆の息を漏らしてしまいそうな良い日だった。
ただ、同時に不安なこともいくつかある。
この学校に俺と同じ中学校出身の生徒は10人ほどしかいない。その中で仲がいいのは2、3人。
そう。要するに俺はほとんどぼっちで高校生活をスタートしなければならないのだ。
話せる人はできるのか。弁当を一緒に食べる人が見つかるのか.......。
そんなことを考えていると、今日から俺が通う桜花高校の大層立派な校舎が見えてきた。
周りを壁で囲ってあるため運動場などはあまり見えないが、なんといっても和風の土壁に現代風の校舎のコントラストが見ていて飽きない。
門柱の近くでもう一度服装を整える。
よし! 学園生活謳歌するぞ!
なんのために受験戦争を勝ち抜いてきたと思ってるんだ。そんなの決まっている。全ては高校で最高の青春ライフを送るため!
そして俺は、力強く校門をくぐった。
......ピカッ!
何も見えない。立ち眩みなどではなく超単純に眩しいという感じ。
数秒間視界を奪われ、だんだんと色を取り戻していく俺の目の前にはさっきまで目の前にあったはずの校舎などどこにもなかったのだ。
さながらヨーロッパのパリやロンドンのような石畳みの道に石造りの家。
こんなに美しい町並みをまさかこんなタイミングで見られるとは......
――ん? どこだここ。
俺がその考えに辿り着くのに10秒もかからなかった。
心が一気にざわめく。ここはどこ? 学校はどうなった? 俺の青春は? ......and so on.
さっきまでとあまりに違う景色に戸惑いを感じつつも、俺はどこか冷静だった。
とりあえずここがどこなのか調べるか。
「オッケーGoggle、現在地を教えて」
今のGPS機能に抜け目はない。AIアシスタントに聞けば、ここがどこかなんて1発でわかるはずだ。
......はずだった。
「すみません。GPS信号を受信できません。位置情報を取得するには―――」
GPSが使い物にならない⁈
おいおいおいおい!
じゃあここはどこなんだ?
周りを見回すと、町の人たちは俺のことなんて気に留めずに生活している。たまに俺と目が合った人は訝しげな顔をし、すぐに仕事へと戻って行く。
呆然と立っていた。
夢なら覚めてくれ...今こんな悪夢見せなくたっていいじゃないか。あまりにも完成度が高すぎるだろ。
「あの、先ほどから立ち尽くされていますが大丈夫ですか?」
突然の質問に、俺は咄嗟に声の方を振り返る。
「す、すいません。今ここがどこなのかがわからなくて......!」
俺の目に映ったのは金色の髪の毛にピンクがかったドレスを着た少女だった。
あどけなさが残る顔立ちだが、その立ち方から育ちの良さというかどことなくレディな感じがする。
「なんなのですか。あまりじろじろ見ないでくださいませ」
「ごめんごめん! わざとじゃ無いんだ......」
俺としたことが...なぜか見入ってしまった。彼女は完全に俺を警戒している様子だ。
「あなた、この辺りでは見かけない格好ですけれど、どこからこられたのですか?」
少女が俺に聞く。俺はついさっき体験した奇妙な現象を歯に絹着せずに答えた。
聞いていた彼女の顔が青ざめて行くのが見て取れる。
「あなた、この国の人じゃないんですか! バレたら大変...こちらに来てください」
少し強めに袖を引っ張られ、されるがままに彼女へついて行った。
着いたのは人気のない路地裏。
俺が最初に見た大通りのように整備は行き届いておらず、特異な臭いと薄暗さで鬱蒼としている。
「ここはいったいどこなんだ?」
俺の質問に対して困ったような様子の少女。ただ、意を決してか口を開いてくれた。
「驚かないで聞いてください......ここは“アデリティ王国” あなたのいた世界とは別の、あなたがたからすれば“異世界”です」
い、異世界? いやいや、そんなバカな......ここはライトノベルの世界じゃあるまいし。
何より俺にそんな主人公的な素質があるとは思えない。
真意を確かめたくて彼女の目を覗き込むが、彼女は首をコクコクと縦に振るだけである。
どうやら俺は、学校の門をくぐって”異世界“に来てしまったらしい。
*
登校初日からどうなってんだよ......
しばらくの沈黙の後、俺はなんとなく事態を受け入れはじめていた。というか受け入れざるを得なかった。
この世界についても、元の世界への帰り方についても気になるが、俺の興味は目の前の少女へと移っていく。
「あのさ、もしよければ名前教えてくれない?」
俺の問いに対して明らかに怪訝な表情を浮かべる彼女。その口はあくまで渋々といった感じで動き出した。
「本当に知らないのですね...私はアーキスと申します。この国で私の名前を知らないなんて不敬なんですからね...」
アーキス? と名乗った少女は唇を尖らせてしまっている。国中で知らない人がいないような人...きっとこの世界の有名人なんだろうな。
「色々ありがとうなアーキス。こんな俺を助けてくれて。ええと、言い忘れてた! 俺の名前は霧谷蓮斗。よろしくな」
俺は単純にお礼を言う。
「レン...ト? レントというのですね。異世界から来た者の名前なのです...しっかりと覚えておきますからね!」
パッと表情を明るくするアーキス。これが富裕者スマイルってやつか。何もかも平凡な俺には眩しすぎる...
しばらくアーキスと話していたが、豪邸での召使への不満話や笑い話ばかりでイマイチこの世界に関する情報は聞けなかった。
「少しここを離れますが、絶対にどこかへ行ってはいけませんからね!」
まるで母さんだな。いそいそと路地を出て行くアーキスを目で追う。というか、だいぶ言葉が砕けてきてたな。はじめのお嬢様口調はどこに行ったのか......
*
「姫がこちらへ入って行ったとは本当か?」
「は、はい。変な格好をした少年と一緒に路地裏へと入って行くのをうちの坊主が見ましたので――」
やはりどの世界でも物騒なこともあるんだな。路地裏に変な格好の少年と入って行くとか...にしてもそんな大事なのを大声でべらべらと話すなんてこの世界の聴き込みはプライバシーも何もないな。
ん? 変な格好の“少年”って言った?
嫌な予想が的中することに定評のある俺だが、幸いにも今の俺は別に変な格好ではない。なんせ着ているのは制服なんだからな。
まあ、変でないのは俺が元いた世界での話だが...
陽の光が入り込んで来る路地の入り口からカシャンカシャンと擦れ合う金属の音が聞こえて来る。
ま、まさかな。俺じゃないよな? 本当に俺じゃないよな?
角を曲がって路地裏へと入ってきたのは金属製の鎧で身を包んだ屈強な騎士たちだった。
シルバーの防具は光を反射してキラキラと輝き、手に持っている槍や剣の刃先がギラリとその鋭さを見せつけてくる。
5人の騎士が横一列に整列し、赤のマントを身につけている騎士が1人前へと出てきた。
「ここまで通報通りだと、いっそ罠にも見えてくるものだな」
低い男の声で“通報通り”だって。他の騎士5人は武器を構えてるし。矛先は言わずもがな俺に向いている。
あぁ。終わったな。
俺のまだ見ぬ青春、さようなら......