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宗教法人オルガノ救人教会  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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25/26

死闘

「そ、そんな……」


 硬直している省吾の前で、マスクレンジャーは高らかに宣言する。


「私の名はマスクレンジャー。神を愛し、神に愛されし男だ。お前たちは邪教の手先となり、数々の大罪を犯してきた。その罪は、万死に値する。よって、今から正義を執行する」


「はあ? えっと、あんた、何言ってんだよ……」


 さすがの恭子も、唖然となっていた。だが、それも仕方ないだろう。こんなわけのわからない扮装をした男が、いきなり飛び込んで来た挙げ句、意味不明なことを口走っているのだ。状況を呑み込めず、ぽかんとなっている。

 しかし、その発言で我に返った者もいた。

 

「ま、待て! あんた、見逃してくれると約束したろうが!」


 省吾は叫んだが、マスクレンジャーはかぶりを振る。


「ああ、確かに約束はした。だがな、見逃すのは君だけだ。ここには、他に三人いる。その三人は見逃せん」


 返ってきた言葉に、思わず顔をしかめる。恭子たちが、ここにいることまで知っていたのか。


「頼む……他の三人も見逃してくれ。俺に出来ることなら、何でもするから……」


 震える声で懇願する。この怪物には、どうあがいても勝ち目はない。どうにか、戦わずに引き上げてくれるよう持っていくしかないのだ。

 しかし、省吾の願いは叶わなかった。


「それは無理だ。なぜなら、その三人は邪教の手先として数々の罪を犯してきた。許すことは出来ん!」

 

 叫び、胸を張るマスクレンジャー……その時、ようやく恭子が声を発した。


「ふ、ふざけんじゃないよ! アホみたいな格好しやがって! とっとと家に帰って、薬でも飲んで寝な!」


 動揺しながらも啖呵を切る彼女を、マスクレンジャーはじっと見つめる。

 その時、省吾が動いた。恭子の前に立ち、同時に叫ぶ。


「恭子さん! こいつには勝てない! 逃げろ!」


 叫んだ時、マスクレンジャーが前に進み出た。じろりと彼を睨む。


「君は、私の邪魔をする気か? 今、私は疲れている。したがって、手加減は出来んぞ。殺される覚悟はあるのか?」


 問われた省吾は、無言で目を逸らす。

 脳裏に、あの時の記憶が蘇った。目の前で、友人の後藤伸介を殺された日。人体を素手でバラバラにしていくマスクレンジャーを前に何も出来ず、ただ惨劇を見ているだけだった。

 

 俺は、何も出来ない。

 無力だ──


「さあ、そこをどくんだ!」


 マスクレンジャーの声が聴こえ、省吾ははっとなる。その瞬間、腕を掴まれた。

 直後、後方に放り投げられる──

 省吾は、背はさほど高くない。だが、筋肉量の多い体であり体重は八十キロを超える。そんな体を、ゴミ袋でも放るかのように軽々とぶん投げてしまったのだ。

 その時、恭子が動いた──

 

「この野郎! くたばれ!」


 怒号と共に、背後から空き瓶が振り下ろされる。侵入者の頭に当たり、派手な音をたて割れた。

 しかし、マスクレンジャーは平然としている。何事もなかったかのように、くるりと振り向いた。

 

「な、なんだこいつ」


 呆然となっている恭子の前で、マスクレンジャーは宙を仰いだ。


「神! 心! 悪! 即! 壊! 神の心もて悪を即座に壊す!」


 死刑宣告のごとき言葉を吐いた直後、ドアが開く。同時に、何かが高速で飛び込んできた──


「お前! 何やってんだ!」


 叫びながら、突進してきたのは咲耶だ。助走をつけた飛び蹴りを、マスクレンジャーの背中に見舞う。さすがの怪人も、一瞬よろめいた。

 咲耶は、さらに追撃する。背中に飛びつき、己の両足を相手の胴に絡めた。同時に、腕をマスクレンジャーの首へと巻きつける。バックチョークが入ったのだ。

 この技は、首の動脈や気道を腕で絞め意識を失わさせる。がっちり極まれば、人間の腕力で外すことなど出来ない。完璧な形で入れば、女性でも屈強な大男を絞め落とすことが可能だ。

 ところが、予想だにしなかったことが起きる。マスクレンジャーは、首に巻き付いた腕をがしっと掴む。

 次の瞬間、悲鳴が上がった。その声は、咲耶の口から出たものだ。彼女の腕の骨は、超人的な握力により砕かれてしまったのだ。

 マスクレンジャーは、さらに攻撃を続ける。咲耶の腕を掴んだまま、体をブンブン振り回したのだ。挙げ句、ポイッと無造作に放り投げる。壁に叩きつけられ、彼女は呻き声を漏らした。

 その時、未来の目が光る。ついに、少女の力が発動したのだ──

 紅く光る目は、初対面である覆面の怪人に向けられていた。同時に、相手の精神を破壊する念動波が放たれる。どんな強い肉体を持った人間でも、未来の力の前には無力のはずだ。省吾は、固唾を呑んで見守る。

 マスクレンジャーほ、念動波に気づいたのか振り返り、幼い少女を見下ろした。


「残念だったな。お前の邪悪な力は、神に愛されし私には通用しないのだ!」


 高らかに叫ぶ。どうやら、本当に効いていないらしい。

 見ている省吾の心は、再び絶望に覆われた。やはり、この男はとんでもない怪物だ。未来の力ですら通じていない。ひょっとしたら、人間ですらないのかもしれない──

 

「私は、子供が相手でも容赦せんぞ! 悪は滅するのみ! 一悪一滅!」


 叫んだ直後、マスクレンジャーは進んでいく。その目は、少女をしっかりと捉えている──

 省吾は立ち上がろうとした。だが、体は動いてくれない。過去に植えつけられた恐怖が、体の機能を完全に支配している。

 その間にも、マスクレンジャーは未来へと近づいている。こうなると、幼い少女には何も出来ない。怯えきった表情で、接近してくる怪人を見上げている。このままだと、一撃で殺されてしまうだろう。

 未来の命は風前の灯火……と思われた時、そこに乱入した者がいた。

 

「未来に触るなあぁ!」


 吠えながら飛び込んだのは恭子だ。その手には、包丁を握りしめている。いつの間に取り出したのか。

 包丁を構えた彼女は、そのまま突進する。凄まじい勢いでマスクレンジャーへとぶつかっていった。

 ところが、刃が通らない。着ている白いジャージを、貫き通すことが出来ないのだ。ジャージに防刃効果があるのか、あるいは本当に人間ではないのか──


「ハッハッハ! 神に愛されし私には刃物など効かん!」


 言ったかと思うと、マスクレンジャーの手が恭子の首を掴む。

 片手で、高々と持ち上げた──


「地獄で、己の犯した罪を悔いるがいい!」


 怒鳴るマスクレンジャーの姿を、省吾ほ顔を歪めて見ている。

 このままだと、確実に全滅し自分だけが生き延びてしまう。あの時と同じだ。

 にもかかわらず、見ていることしか出来ない。かつて味わった恐怖が、鉛のごとき重さで全身を蝕んでいる。そのせいで動けない──


 またか……。

 また、目の前で死なせちまうのか。


 その時、誰かが省吾の腕を掴む……未来だ。少女は、彼の目を睨みつけた。

 次の瞬間、未来の瞳が緑色に光る──


「な、何を……」


 言いかけた省吾だったが、すぐに己が身に異変が起きていることに気づく。己の全身を縛っていた恐怖という鎖が、次々とちぎれていくのを感じた。

 そればかりか、全身に力がみなぎっていく。得体のしれない何かが、体の奥底から湧き出してくるのだ。これも、未来の力らしい。

 その未来の力が、省吾を駆り立てる──


 奴を殺せ!


 気がつくと、勢いよく立ち上がっていた、目の前の敵に向かい、裡なる力の命ずるまま突進していく。

 助走を利かせた横蹴りが、マスクレンジャーの背中に炸裂した。その体が弓なりに曲がり、持ち上げていた恭子がどさりと落ちる。

 省吾は、さらに追い打ちをかける。再度の前蹴りで吹っ飛ばし、顔面にパンチを叩き込む──

 そこで、またしても予想外のことが起きる。放たれたパンチを、マスクレンジャーが手のひらで受け止めたのだ。


「ほう、やる気になったようだな。だが、向かって来るなら容赦ほせんぞ。己の悪行を、じっくりと悔やみながら死ぬがいい。じわじわと痛めつけてやるぞ……あの時のようにな」


 言いながら、マスクレンジャーは手に力を込める。途端に、省吾の拳がボキリと音を立てた。手の骨が、ゆっくりと砕けているのだ──

 しかし、省吾は痛みを無視し、残った左手でなおも攻撃を仕掛ける。獣のように吠えながら、マスクレンジャーの顔面を殴り続ける。

 その時、未来が叫んだ。


「ま、ま、マスク!」


 常人には、何を言わんとしているのかわからなかっただろう。だが、省吾は一瞬でピンときた。

 目の前の顔面から、マスクを引き剥がす。ほぼ同時に、マスクレンジャーは拳を掴んでいた手を離し己の顔を覆い隠す。

 途端に、状況は一変した──

 

「や、やめろ!」


 マスクレンジャーは顔を覆ったまま、白い覆面を取り返そうとする。だが、省吾の動きは速かった。考えるより先に、マスクを放り投げる。

 すると、マスクレンジャーは悲鳴をあげた。今度は、両手で顔を覆う。

 その姿を見た省吾は、一気に攻勢へと転ずる。がら空きになった腹めがけ、渾身の力を込めたミドルキックを叩き込む。

 強烈な一撃に、マスクレンジャーの体がくの字にまがった。それでも、両手は顔を覆ったままだ。攻撃はおろか、防御すらしようとしない。

 ならば、攻撃を続けるまで……とばかりに、省吾は続けてミドルキックを食らわす。

 ガハッという声が漏れた。直後、へなへなと崩れ落ちる。あの白い覆面を失った途端、超人的な力も失ってしまったようだ……。

 だが、そんなことはどうでもいい。今は、こいつを殺す……省吾は、マスクレンジャーの髪の毛を掴み無理やり立ち上がらせた。


「てめえ、面みせろ!」


 言いながら、顔を覆う手を掴み、力ずくで引き離す。先ほどまでの人間離れした腕力が嘘のようだ。あっさりを手を外され、マスクレンジャーの素顔があらわになる。

 次の瞬間、省吾は絶句した。そこには、平凡だが人のよさそうな中年男の顔がある。

 その顔には見覚えがあった。普段、オルガノ救人教会の集会所にて講演をしていた男。クソ真面目な堅物だが、人柄には好感を持っていた……。

 そう、マスクレンジャーの正体は山川優孝だったのだ。


「あんた……山川か? 山川なのか?」


 数秒後、ようやく言葉が出る。しかし、山川はかぶりを振った。同時に後ずさり、省吾から離れる。

 そして、口を開いた──


「ち、違う! 私は……私はマスクレンジャーだ! 神を愛し、神に愛されし──」


「愛してねえよ!」


 言葉の途中、怒鳴りつけたのは咲耶だ。彼女は、折られた腕を押さえながら立ち上がり、さらに畳みかける。


「誰も、お前みたいな人殺しのクズ野郎なんか愛してねえんだよ!」


 その怒声に、山川はわなわな震え出した。


「違う! 私は人殺しじゃない! 正義を執行しただけだ!」


 絶叫する山川を前に、省吾は何も言えない。ただ、彼をじっと見つめることしか出来なかった。今となっては、怒りも憎しみもない。ただただ、哀れでしかなかった。

 だが、他の三人は違っていた。恭子と咲耶と未来の目には、憎しみと(さげす)みとが浮かんでいる。

 それに気づいた途端、山川は両手で顔を覆う──


「やめろ……見るな! そんな目で私を見るな!」


 喚き散らす山川の目からは、涙が溢れている。今、省吾たちの前にいるのは、殺人鬼マスクレンジャーではない。頭を抱え泣き叫ぶ、惨めな中年男でしかなかった……。


「見るな……私を見るなあぁぁ!」


 絶叫した直後、山川は飛び出していった。両手で顔を覆い、土の上を走っていく。やがて、その姿は見えなくなった。

 だが、その後を追う者はいなかった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] ええええ(o゜Д゜ノ)ノ。 マスクレンジャーがまさか……。 意外すぎる展開に少しのあいだ言葉が出ませんでした。 幹部対決でドブネズミのような生命力を持つ男に結果的に勝ったこの人が自分自…
2023/04/04 15:07 退会済み
管理
[一言] ええー、うっそー!? マスクの下に、あの人ですか?! 何でー?!?!
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