空の詩(うた)
本作はフリーゲーム『HollowSky』の外伝小説となります。
これは中学に上がりたての頃、体育の授業を共に休み、暇を持て余していた時の、あの子との会話。
いつも隣に居たあの子との、数多くの何気ない会話のうちの一つ。
それこそが、私の中に描かれた可能性の空の、全ての始まり。
彼女は、苦痛を堪えながらグラウンドを走る他の生徒達には目もくれず、端っこに座り込んで、束ねた艷やかな長い黒髪を弄んでいた。
そんな姿勢であっても、体操服の下に在る均整の取れた身体には、思わず視線を吸い取られる。
それに気づいたのか、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んできた。
「どうかした、愛理?」
「べっ、別に~? なんでもないよ? 詩ちゃん暇そうだな~って」
「当然よ。他人が授業受けてるとこ見て何が楽しいのよ」
「ま、まあね……」
「じゃあ、お互いに暇なんだし、ちょっと話に付き合って」
そう言うと彼女――空乃詩――は、ぼーっと空を見上げた。
一体、何を話そうというんだろう?
「思春期の少年少女ならば、誰しも一度は、こんなことを考えたことがあると思うの」
「え?」
「"この世界は、どこかの誰かに人為的に生み出された、創作の世界なのではないか"」
ああ。
確かに、よくあるやつだ。
"私達はゲームの世界のキャラクターなんじゃないか"って、そう思ったことは私にも在る。
「"心当たり在る"って顔してるわね、愛理」
「え? あ~、うん、まさにその通りだよ」
「そ。じゃあ、こう考えることも出来ない?」
詩が人差し指を突き立て、私の目を見たまま、空を指す。
「私たちは、神様なんじゃないかって」
――え?
"ああ、また詩ちゃんが変なことを言っている"と思った。
才色兼備の美少女である彼女が、それでも学校で「浮いてる」理由。
そして、私がこの子を好きな理由。
「ほら、私、オリジナルの世界を創ってるじゃない」
「あ~……」
詩ちゃんは、小説書きだか漫画描きだかのように、空想の世界を設計している。
とてもではないが、容姿も才能も併せ持つ、「人気者になれた筈の」女の子が持っているべき趣味とは言えない。
そして度々、その内容を私に話してきた。
現実とよく似た世界。
しかし、魔法や超常の異能が確かに存在する世界。ただその一点のみが、私達が住む、つまらない現実とは違う。
難解でよく分からないが、何度も話を聞いてきたものだから、幾らかのことは把握している。
その世界の名は、《確率の空》。
《確率の空》と呼ばれる「神さま」が世界を創造し、その中に住む人間達が同じように自らの願う《確率の空》を心に抱き、それが現に世界となる、一種の階層宇宙。
でも、それがどうしたというんだろう?
疑問に思っていると、詩ちゃんは私に嬉しそうな笑みを見せ、指を突きつけた。
多分、私以外には見せない顔だ。
「つまりは、"想像と創造に、何ら違いはないんじゃないか"っていう話よ」
「そう……なのかな?」
私が理解出来ないでいると、詩ちゃんは、熱が入ったように真剣に語り始める。
「考えてもみなさいよ。この世界に神が居たとして、私達はその存在を証明出来ないわよね?」
「う、うん」
確かに、私達に神を観測することは出来ない。
だからこそ、「神」というものに対する解釈がまちまちとなるのだ。
在るとは言い切れない。
無いとも言い切れない。
在るならば、それに姿は在るのか無いのか。在ったとして目視は可能なのか、可能ならばどのように見えるのか。
「同じように、私達が生み出した"キャラクター"も、私達からしたら、彼らが"こちら側"を認識しているか否かって、分からないわよね?」
「確かに……?」
"キャラクターは実存しない"――別の表現をするならば、"キャラクターに心はない"と、そう割り切るのは簡単だ。
でも、それを証明することは可能なのか?
私達の次元に神が存在するとしたら、それは人の気持ちが分からない奴だ。
同じように、"想像主"というのは「わからず屋の神」なのではないか?
――ああ。
詩ちゃんの言いたいことが、よく理解出来た。
そう、つまりは――或る世界の住人にとっては、その世界がどのようなものであれ、唯一の真実なのだと。
「だから、私達は神様……神様に、なれるかも知れない存在」
その時、詩ちゃんから聞かされた「気付き」に、私は衝撃を受けた。
それをナンセンスだと切り捨てるのは簡単だ。
事実、彼女以外のつまらない人間達は皆、そうするだろう。
"観測出来ないことに意味はない"?
いや、違う。
"観測不可能の先に、可能性の空が広がっている"んだ。
同時に、私は思った。
詩ちゃんは「神様」なのだろうと。
そして、彼女にはずっと、そうであって欲しいと。
私は、神様と友達になったのだ。
◆◆◆
空乃詩。
小学生時代からの、私――東岸愛理の唯一にして最高の友達。
私は、つまらない人間だ。
都会とも田舎とも言えない街――櫻岡市の、何の変哲もない家庭に生まれた一人娘。
何をやっても下手で何の才能もない、個性もない、この世界に居ても特に意味のない人間。
詩ちゃんは、そんな私とは違う。
彼女は全てを持っていた。
環境。
才能。
容姿。
普通に生きていればきっと、そう――「人気者」になれた筈なのだ。
でも、彼女はそうならなかった。否、それを望まなかった。
彼女は、他者へと迎合することをよしとしなかった。
自分の意見を曲げて、無理をして誰かと共に在ることを避けていた。
だからこそ、クラスで虐めを受けていた私を、何の躊躇もなく救ってしまったのだろう。
そんなことをしてしまえば、次の虐めの対象になるのは詩ちゃんなのに。
私は、自分を庇った同級生に訪ねた。
「なんで私なんか助けたの」って。
そうしたら、彼女はただ、こんな風に答えたのだ。
「世界が汚くなるから」って。
そんな、よく分からない理由で。
私の予想通り、元々なんとなく周囲から避けられていた詩ちゃんは、虐めの対象となった――彼女が毅然とした態度で、全てを撥ね退けなければ。
詩ちゃんは、強い。
誰よりも強い。
自身に対する横暴などは、持てるもの全てを使って止めさせてしまう。
誰も彼女に口論で勝てなかったし、話が通じない相手ならば、恵まれた環境を遠慮なく利用し、封殺してしまう。
彼女は全ての嫌がらせを察知し、そしてそれらに対するやり返しなどはせず、ただ加害者に自らの矮小さを恥じさせることだけを目指していた。
彼女は持てる力を、ただ「自分らしく在る為」だけに使い続けたのだ。
つまらない世界において、その女の子は、何よりも輝いていた。
ただ一つの、眩しい空だった。
まさしく、神様のように。
だから、ずっと一緒に居たかった。
ずっと一緒に居るつもりだった――高校進学後、彼女が、命に関わるような不治の難病を患いさえしなければ。
神様でも、病には――「終わり」には、勝てないのだった。
◆◆◆
私は、詩ちゃんのお見舞いの為、病室に来ては、彼女に励まされていた。
おかしな話だ。嘆くべきは私でなく、彼女自身の境遇なのに。
そう、私はまだ、どこかでこう思っていたのだ。
"彼女ならば、死すらも殺してしまえる"、と。
"きみはただの人間なんかじゃないんだから、私を置いて死ぬ筈がない"、と。
私は、あろうことか、「死に立ち向かう」という人生最大の困難に挑んている彼女に、甘えていたのであった。
はじめの頃の詩ちゃんは、先が短いとは思えないほどに、元気だった。
会う度に、《確率の空》での出来事を私に話してくる。
異世界の「魔法使い」が地上にやってきて、一大組織を立ち上げて支配したこと。
その異世界との戦争が起こったこと。
二つの世界の人間が共存するようになったこと。
ああ、そう言えば、「面白い来訪者」と会ったので、作中の登場人物のモデルにしたらしい。
新興宗教「アレーティア教団」だかの、凄く可愛い現人神?か何かだという。
個人的興味はないけど、詩ちゃんが私以外の人間の話を楽しそうにするので、少しだけ不快になったな。
ともかく。
詩ちゃんと一緒に学校生活を過ごせなくて心細かったけれど、それでもまだ、私は幸せだった。
しかし、元気だった詩ちゃんに、少しずつ変化が出始める。
或いは、それまでは表に出さないで居られたというだけなのかも知れないが。
◆◆◆
「詩ちゃん……元気?」
放課後、いつものように見舞いに来た私。
詩ちゃんは虚ろな目でぼーっと窓を眺め、ぶっきらぼうに答える。
「元気に見える?」
「……ご、ごめん」
私は平静を装って、腰掛けをベッドの脇に置き、そこに座った。
「それで、今日は"空"の下で何が起こったの? 私、話の続きが気になって全然授業に集中出来なかったんだ」
「そう」
「……?」
いつものように、《確率の空》の中で起こった出来事を話し始める詩ちゃん。
しかしそこには、妙な違和感が在った。
「――それで、世界を無差別に殺す存在が現れるようになったの。そうね……名前は、《対象》とでも」
「《対象》?」
「そう、《対象》。"其れとは即ち、其れである"としか言いようがない、キャラクター性の一切を持たない"破壊という現象そのもの"だから」
「そんなの、この子達で勝てるの?」
「勝てないわよ。みんな死ぬだけ」
「えっ……?」
詩ちゃんはいつからか、《確率の空》の中に、《対象》という存在を生み始めた。
長いこと彼女の話を聞かされて、彼女という「神様」の創る世界の住人に愛着が湧いていた私にとって、それは理不尽極まりない存在だった。
私の愛するもの全てを殺してゆく存在。
キャラクター達の必死の抵抗をいとも簡単に握り潰し、滅ぼしてゆく存在。
まるでそれは、現実のようだった。
こんなの、詩ちゃんがつまらない現実に負けたみたいで――。
「人間、生きてる価値なんかないのよ。人は弱いから、生にも死にも勝てない。人生は無意味に始まり、無意味に塵へと還り、"お前に生きている意味なんかなかった"って言われてるみたいに、世界から忘れ去られてゆく」
「詩ちゃん……」
私はその時、初めて気がついた。
いつでも強かった彼女は、その実、世界に絶望していたのだと。
それがいつからかは分からない。
不幸にも正体不明の奇病を患ってからかも知れないし、もしかしたら、それより前からずっとそうだったのかも知れない。
《対象》とは、詩ちゃんの絶望の顕現に他ならない。
そこに細かい設定なんて、必要ないんだ。
だって、キャラクター達は対処なんて出来やしないんだから。
人が絶望に勝つなど、神様は想定していないのだから。
私は悔しかった。
私は詩ちゃんの全てを肯定してきた。
詩ちゃん自身と同じように、彼女の世界も愛してきた。
だけど、其れは――其れだけは、彼女自身の望みだとしても、認めたくない。
少なくとも私は、彼女の世界が大好きだったのだから。
現実なんかで、愛するものを汚して欲しくなかった。
だから私は一つ、決心をしたのだ。
彼女の絶望に、出来る限りの抵抗をしようと。
◆◆◆
いつものように見舞いに来た。
日に日に、詩ちゃんの顔色は悪くなってゆく。
それを見る度、昔の強かった彼女は、もうこの世界には居ないのだと思わされる。
――いや、違う。
彼女は、神様だ。
今の神様は少し弱っていて、力が必要なだけだ。
ならば、その手助けを。
「ねえ、詩ちゃん」
「……何よ」
「私も《確率の空》に、キャラクターを出して良いかな?」
「何よ、今更。まあ好きにしなさい。どうせ、《対象》に負けて死ぬのだし」
「……いや、負けないよ。この子は」
そうして私は、一体の登場人物を生み出した。
その名は、定理。
神を救うために生み出された、世界外存在。
同時に私は、彼女の存在を軸に、《確率の空》に新たなる概念――《特異》を生み出した。
それは、《確率の空》に反するもの。
世界に記述されていないもの。
今の神様の世界に「絶望」しか記述されていないというのなら、私はそれを書き換えてやる。
定理は《対象》を撃退し、世界を救うことに、永遠の命の全てを捧げた。
世界観に重度に干渉しないよう、はじめは不自然な「非存在」として生み出した彼女は、少しずつ「世界に在っても良い存在」としての特性を獲得し、人間へと近づいていった。
そして、《対象》に対抗する戦力を揃えるため、人々に《特異能力》なる概念をもたらした。
それは、《確率の空》――即ち、世界の法則を越えて、願いを叶える力。
殺せない絶望<げんじつ>を殺す力。
時には死すらも殺してしまえる力。
それだけではない。
彼女は、元々存在していた異能者の家系である東岸家――かつて詩ちゃんが、私との会話の中で生み出したキャラクター達――に取り入り、「最強の特異能力者」が生まれるよう、因果を調節した。
具体的には、或る事件における「世界の敵」であった一意零霞というキャラクターを、東岸家の娘に討たせることで、東岸の家系に「救世の英雄」としての性質を付加する。
果たして計画は成功し、東岸家には、「あらゆる願いを叶える特異能力者」――《理想剣》を持つ少女、東岸背理が生まれる。
彼女と多くの特異能力者たちの活躍によって、《対象》の脅威は退けられた。
――だけど、それじゃあまだ足りない。
定理は、神様、即ち、「今の詩ちゃん」を守るキャラクターだ。
だけど結局のところ、それはその場凌ぎでしかない。
彼女を真に救う為には、彼女自身に――変わってもらわなければならないんだ。
現実という絶望の先へと、進んでもらわなければならないんだ。
私は、背理に定理を討たせ、彼女を神へと変えることで、世界の法則を一変させた。
背理の世界では、あらゆる人間が心に善性を抱くと共に、全てを叶える《理想の力》を有している。
これによって、ようやく《確率の空》は救われた――その筈だった。
◆◆◆
「私、もう終わりみたい」
ある日、いつものように見舞いに来た私に、唐突な絶望が迫った。
あまりに急で、故に、心の準備など出来てはおらず。
「嘘、だよね? 詩ちゃん」
「何言ってるのよ……いつかはこうなるって分かってたじゃない。どうせもう全部終わりだからと思って、あなたの物語を採用してあげてた訳だし」
ゆっくりと、小さな声で話す詩ちゃん。こうして傍で見ていると、まだ意識こそあれ、体力の限界が迫っているのは明らかだった。
彼女の目は、虚ろに天井を眺めている。
いつもは上体を起こして窓の外を眺めていたが、今はそれすら出来ないようだった。
――もしかしたら、こうして会話が出来るのは、今日が最後かも知れない。
「《確率の空》は、どうするの?」
「終わりよ、全て。《対象》には勝ったかも知れないけれど、今度のは、世界っていう"枠"そのものの終わり」
「また、すっごく強いキャラクターが助けるよ」
「無茶言わないで。ご都合主義の救済なんてだいっきらい」
「それでも、誰かが神様を助けてくれるよ」
「駄目よ。殺す。全てを殺す。これで終わり。この世界に生まれた者は、だれも救われない。生まれたからにはいつか終わるの」
「でも、神様だったら――!」
少々声を荒げて言いかけ、私は止めた。
詩ちゃんは、泣いていた。
入院して暫くしてからの彼女は消沈していることが多かったが、そんな姿を見たのは出会って初めてだった。
「私は……神様じゃなかった」
「……違う……」
「私は、ただのつまらない人間だった。結局、何も大事なものは救えない。嫌いなものだって壊せやしない。死にだって勝てない。何よ、《死殺》って。くだらない。そうやって絶望から目を背けて何になるの」
「ちがっ……」
何も言えなくなってしまった。
目からボロボロと涙が零れ始める。
私は、詩ちゃんのことが好きだ。他の人間なんて比にならないくらい。
好きな人が、自分のことを「つまらない人間」だなんて言っていると、悲しくなる。
きみは特別だ。
きみは私にとって、ただ一人だけの存在だ。
だから、そんなことを言わないで――。
「……寂しい」
ふと、詩ちゃんの口から、そんな言葉が漏れた。
予想だにしていなかった台詞が出てきて、涙すら枯れてしまった。
「怖い」
だけど。
私は、自分が物凄くバカだったと、ようやく分かった。
「独りになりたくない」
この期に及んで、ようやく。
「……死んだら皆、私を忘れる。愛理だって。私は皆が忘れた過去の中で、独りになる。嫌よ、そんなのは」
ようやく、そう――彼女の本音を聞いてやっと、彼女のことを理解出来たのだから。
"詩ちゃんは神様なのだから、何にも負けない"?
違うだろう。そんなこと、少なくとも今のこの子は望んでいない。
かつて、この子は正真正銘、神様だった。
今は違う。
今のこの子は、自分のことを「強い」だなんて思っていない。
彼女は、或る大敵と戦い続け、負けてしまった。
其れは、あらゆる魔術と異能を破壊する。
其れは、あらゆる存在を無情に葬り去り、存在した痕跡すらも抹消する。
其れに、あらゆる抵抗は本質的には通用せず、退けたと思っても、いつかはまた襲ってくる。
その怪物の名は、絶望の名は――《現実》。
詩ちゃんの現実への敗北を否定することは、彼女のこの先の救いを否定することにも繋がる。
勝てないならば、せめて、誰かが同じ場所で、傍に居てやればいい。
ああ、だから――。
もう、死を殺さなくても良いんだ。
◆◆◆
私は最後に、《確率の空》へ、或る物語を書き加えた。
それは、世界最後の日のお話。
戦うことを止めた人々のお話。
物語の中で、人類は、人工の来世にて再誕することになる。
そこには魔術もない。
《特異》もない。
彼らにはもう、必要ないんだ。
その世界では、辛い時は、いつでも誰かが傍に居てくれるから。
幸せを持って生まれなかった者、生み出せない者ならば、いつか誰かが、足りない分の幸せを分けてくれる。
彼らはもはや、死に抗わない。
その限られた生を最大限肯定し、終わりをも肯定する。
これが私の、詩ちゃんにしてやれる、最後の救い。
「何よこれ。これまでの戦いの全否定じゃない。"異能も魔法も必要なかった"って? 全くもってひどい話ね」
そう嘆く詩ちゃんは、それでも、笑っていた。
久しぶりに、笑った彼女の顔が見られた。
「あはは……ごめんね」
「いえ、良いわ。あなたの弱気っぷりが出てて、好きよ」
「弱気って、ひどいな。最近の詩ちゃんもそんな調子だったよ……」
「確かにね。何だかんだ私達、同じなのかもね」
「……うん。そうだね」
ひとしきり笑った後、詩ちゃんは疲れた顔で、告げた。
「久しぶりに笑ったものだから、ちょっと疲れちゃった。少し眠るわ」
「うん」
「……私は寝るけど、別にすぐ帰らず、ここに居て良いのよ?」
「分かってるよ。詩ちゃんが寂しがるしね」
「ええ。私、意外と繊細なのよ」
そうして、微笑みながら一言、
「ありがとう」
とだけ口にして、詩ちゃんは目を閉じた。
これにて、《確率の空》は閉幕となる。
神様は人間となり、物語はハッピーエンドを迎えた。
これより未来を紡ぐのは、少しばかり蛇足というものだろう。
ただ、願わくば。
彼女が優しい空の下に生まれますように。