根こそぎ
……売り言葉に、買い言葉だった。
「あんたは発想は良いのに文章がなってない。」
「あんたのアイデアが泣いているね、その未熟さに。」
「あんたなんかに無駄な創造力を与えた、神の気が知れないよ。」
「…あげられるもんなら、あげるよ?」
「じゃあ、遠慮なく。」
知人は、おかしな能力の持ち主だった。
…根こそぎ、持って行かれてしまった。
私の、創作の、すべてを。
自慢のひらめきが、一切合切奪われてしまった。
自慢のアイデアが、一切合切奪われてしまった。
自慢のトンデモ展開が、一切合切奪われてしまった。
私が書きたいと思っていた、創造の世界の全てを明け渡すことになってしまった。
私が書かねばなるまいと燃えていた、創作の世界の全てを手離してしてしまった。
真っ白な画面を前にして、腕を組む。
あれほど、文字を連ねることを厭わなかった私が、一文字も……書けない。
ああ、物語の執筆は…できそうに、ない。
後悔が、押し寄せる。
なぜ、私は、あんなことを。
大切な、私の、財産だったのに。
だが……、なんだろう?
ずいぶん、頭がすっきりしたような気もする。
ずいぶん、気持ちが楽になったような気もする。
ずいぶん、周りを見渡せるようになったような気もする。
毎日、物語を書かねばならないと使命感に燃えて向かっていたパソコンの前で、キーボードを叩く事すらせず動画サイトをただ巡ってみる。
毎日、物語を書くことが日課になっていると信じ込んでキーボードを叩き続けていた手をおき、パソコンの電源すら入れずに本を読みあさってみる。
文字を紡ぐことを手放した私は、誰かの生み出した世界を楽しむだけの存在となった。
しばらく、誰かの生み出した物語を堪能する日々が続いた。
自分の知らない世界が、たくさんあることを知り。
自分の知らない表現が、たくさんあることを知り。
自分の知らない思考が、たくさんあることを知り。
自分の知らない願いが、たくさんあることを知り。
自分の知らない侮蔑が、たくさんあることを知り。
自分の知らない純真が、たくさんあることを知り。
……今まで創作する事ばかりに重きを置いていた私。
思い付くのは自分なのだから、誰かの物語を見る必要はないと思っていた。
思い付くのは自分なのだから、誰かの物語を見ることでおかしな影響が出ると思っていた。
創作には、誰かを引き寄せる魅力が有ればいいと思っていた。
己の感情など、どこか必要とされないものだと思っていた。
己の感情など、大多数の人々には理解されないものだと思っていた。
己の感情など、ぶちまけたところでただの恥にしかならないと思っていた。
自分という存在が登場したとたんに、創作は現実となり、価値を失うと思っていた。
たくさんの物語を読み、そのたびに蓄積していった、自分の感情。
思いがけず、感情のかけらが、自分の中からあふれ出した。
自分の中に蓄えられた、感情の面影を、文字にしたくなったのだ。
自分の中にある正義、自分の目指すもの、自分が許せない存在、自分が信じたいもの、自分が感じた矛盾、自分が手を伸ばしたいもの、自分が大切にしている何か。
……自分を出す、勇気が、芽生えたのだ。
自分ありきの、自分にしか書けない物語を綴ってみたくなった。
自分本位の、自己満足に過ぎない物語。
自分という人間をすべて詰め込み、綴った、唯一無二の、物語。
自分でなければ書くことのできない、唯一無二の、物語。
読み返すたびに、葛藤と決意、迷いと許し、混乱と譲歩…、己の感情を呼び覚ます、生きて行く為の、起爆剤になる、力強い物語。
ああ、私は、この物語を書くために、生きてきたのだ。
ああ、私は、この物語を書くために、さまざまな試練を与えられたのだ。
ああ、私は、この物語を書くために、言い訳じみた創作を手放したのだ。
自分の物語を綴る私の前に、私から創作のすべてを根こそぎ奪った知人が現れた。
「あんたの物語、書いてやったよ!」
かつて自分の中にあった創作の物語が、自分ではない誰かによって綴られた。
……差し出された物語を、読んでみる。
かつて自分の中にあった創作の一部であると、わかった。
自分が面白いと思った展開が、自分ではない誰かの表現力を纏い、文章になっていた。
自分が思い付いた決め台詞が、自分ではない誰かの表現力を纏い、文章になっていた。
かつて自分の中にあった創作の物語が、やけに薄っぺらく感じた。
感情を持たないキャラクターたちが繰り広げる、上辺だけの物語に思えた。
面白おかしい、ドタバタとした言葉のやり取りが続く、心の存在しない物語に思えた。
創作のすべてを根こそぎ奪われて、意気消沈した、あの日。
だが、あの日があったからこそ、書けた物語が、ある。
奪われたからこそ、書けた物語が、ある。
奪われなければ、今頃、私は。
何を書いて、満足したふりを、し続けていた……?
自分の中に生まれた創作の欠片はすべて宝であると頑なに信じ、拙い表現力で世に送り出し、嬉々としていた日々。
躊躇うことなく書く、思い付いた端から書いてやる、勢い任せに書き散らしたらいつか一つくらい認められるはず、そう信じて…、乱雑に文字を並べ、満足をしていた日々。
今は、言葉に感情を纏わせ、文章に己の信念を絡ませ、一文字、一文字、意味を噛み締めながら、物語を……綴る。
……ああ、物語の、執筆とは。
……こうあるべき、ものなのだ。
知人は、今日も、物語を発表している。
おそらく、誰かから根こそぎ奪った創作の欠片を感性で彩り、自分の作品として発表しているのだ。
それは、知人の作品なのか、それとも。
「やけに泥臭い物語だな、俺なら万人が感動する美しい物語にしてやれるけど?」
私の中に蓄積された感情を求めて、知人が声をかける。
「つまんねぇ人生を彩ってやるよ?」
「お前が書いたところで、誰の目にも止まんないの!」
「魅せ方を知らない奴の書いた物語なんざ、誰も見ねえって!」
私は、誰かに見せるために、物語を書いているのでは、ない。
私は、書きたいと思ったから、物語を書いているのだ。
「これは、創作ではないから、あげることはできないな。」
「自分の人生は、自分の言葉で、彩るよ。」
「他人のあんたが、私の人生をどうこうできると思うなよ?」
「根こそぎ持って行こうとしても、無駄だ!」
「この、物語は、私の
私は、自分の物語を、抱き締めながら、強気な発言、を……。
「遠慮……、すんなよ……?」
知人の、目が。
赤く、紅く、鈍く、光ったのを、みて……。
私は、気が、遠く、なって……。
……私の、前に。
一冊の、本がある。
とても、難しい、本だ。
独りよがりで、分かりにくい、文章。
……けれど、なぜだろう。
読み進めるたびに、胸の、奥が。
「つまんねぇ、物語だろ?」
つまらない、だが、なぜだろう。
「ごちゃごちゃ御託並べて、結局、何一つ残せずに消えて行く物語さ。」
目が、離せない。
「どこにでも転がっている、つまんねぇ、物語さ。」
本の、最後の、ページには。
「つまんねぇなりに、それなりに、食えたほうかな?」
……根こそぎ?
「珍しくない発想、よくある愚痴、創造者というプライド、自分との向き合い、学びのふりをしたただの模倣、自己満足と自己陶酔。」
知人の、目が。
「ま、お前の創作の欠片は、俺が物語にしてやったから。…読み返す事があったら、思い出してやっからさ。」
あかく、光ったのを。
「俺、食いもん残すの、嫌いなんだよね~。」
みた、きが、し