払暁
柊先輩経由で預かって貰った普段着に着替えると、その子を千影に送らせる事にした。
「じゃあ千影、打ち合わせ通りのルートを……できる限り最短時間で頼む。みんなは家に集まってくれてるな?」
俺の言葉に無言で頷いて、バイクをターンさせると、VIPを後ろに乗せて走り去って行く。
「大丈夫なんかよ?」
着替えている間に少し、いつもの調子を取り戻した先輩が不安を口にする。
「……正直なところ、この小細工が必要になるのか、どうかは分からないけどな。
「ふたりのことなら、その辺の心配は必要ない。千影と、あの子の体重を合わせても多分、大人一人分の体重より余程軽い。
「と、なると。軽量化に優る改良無しって金言もレース世界にはある。走り出しさえすれば、アイツに追いつける奴なんて居ない。加えて――
「あいつには、いつ覚えたのかも分からない隠し芸の常識外れの曲乗りがある。不摂生の塊みたいな中年ヤクザが何人来ようと相手にもならない。
「バニー・ホップなんか使って、200㎏を超える車体を跳ねさせる千影を取り押さえるなんて不可能だ。仮に飛び道具を出そうとしたところで、2秒もあれば射程外に逃げられる。
「バイクに乗ったあいつは、一切迷うことなく的確な行動を選択する。問題ない」
「……星山まで、ヤベぇ奴じゃねぇか」
この場に千影が居たなら、きっと良い顔はしなかっただろう その言葉。
けれど、とりあえずは――先輩も納得してくれた御様子。
現金の詰まった目立ちすぎるケースは、事務所の片隅に置かせて貰い、俺たちは礼を述べて――お暇することにした。
「おっさん……金持ってトンズラとかしねぇよな」
先日も先輩と時間を潰した、海を臨む公園のガゼポで欠伸を噛み殺して、明るくなるのを待っていると――恐らく……御尤もな懸念が口を吐く。
「それは別にどうでもいいよ。それだけの御迷惑は、お掛けしたと思うし」
「……勿体な。ぜってぇ、風俗か酒とかで無駄に消えると思うわ……あー煙草吸いてぇ……1本くらい分けて貰っときゃ良かったぜ。クソッ」
ポケットでスマホが鳴った。
通知に目をやれば、千影が帰宅したことを報せる内容と、添付されていたのは短い動画。
いつも通りの絵文字吹き荒れるメールに続いたのは――
状況が状況だけに……面倒な輩が家に踏み込んでくる可能性も踏まえて。
待機させておいた3年の皆に渡しておいたガウスライフルならびに その他を手に座り込んで――面倒臭そうにピースサインをカメラに向ける映像。
こいつらがボディーガードの代わりになるとは到底思えなかったけど……なにかあった際には、警察なりが、揉み消すのも苦労するくらいの騒ぎを起こすぐらいの事は……きっと、やってくれるハズ。
空が白むにつれて、目を覚ました鳥の声が辺りに響き始めた。
港湾地区に入って来る車が増えるに従って――人の気配も。
「ボチボチ帰るか……流石に こんだけ明るけりゃ、補導される事もねぇだろ」
眠たそうな目で気怠そうに話す先輩が、立ち上がる。
「……帰ったら……誰か、煙草持ってっかな……ああ、あいつら……煙草止めるつってたっけか。いい加減、ヤニ切れで辛ぇ」
バッグから出した空の煙草の箱を握り潰すと、先輩は溜息をついて それを放り捨てた。
* * *
船からの脱出を果たした あの子が、俺と柊先輩と一緒に帰ったなら。
ひすぱにおら号から立ち去る3人として、これほど目立つ情報も無い。
そんな訳で港湾地区を立ち去る子供一人、または三人組という該当情報を崩すべく、千影にまで協力を求めて小細工を労した訳だったけれど――
拍子抜けするくらい何事も無く、俺たちは家に帰りついていた。
「……じゃあ、橘くん。俺ら……帰っから」
まさか、こいつらの世話になる日が来るとは思いもしなかった。
3年共に礼を口にすると、皆から嘆息。
「橘くんよ……そっちだって、ダチ助けてくれたんだろ? ……やめろや」
理解し難い こいつらの価値観に――何と言って返したものかと考えている内に、連中は大欠伸をしながら帰って行った。
玄関先での見送りを済ませたついでに、手早くバイクのナンバーを取り換えて家に入ると――千影の作る朝食の匂い。
漂う香りから察すると、お得意の……バルサミコを極少量差して焼いたベーコンに、卵を落としたベースド・エッグ。あとは彩りを添える生野菜のサラダと言ったところか。
自家製ガーリック・バターを染み込ませたトーストの香りもしてきた。
朝食の匂いに合わせて、シャンプーの匂いもする。柊先輩か、あの子はシャワーを浴びているらしい。
もう慣れっこになったと思っていた、柊先輩のお供だったけど……流石にくたびれ果てた。
空きっ腹を押さえてダイニングに向かうと――テーブルで忙しそうに準備する千影と、置物のように座る あの子が俺を迎えてくれた。
* * *
「……お前らと一緒にいるとよ? 中華じゃねぇ朝飯にありつけるから……なんだかテンション上がるけど……ダメだ。眠くて味が、よー分からん」
「この方もぼくのために……お力を貸して下さったんですね」
「おい……橘。なんでこいつは、この面で日本語喋れてやがるんだ? いや、やっぱどーでも良い。小難しい話は今、聞きたかね。んな事より……あーもうダメだ。橘……星山でもイイ。寝床貸してくれ。ソファーでもいい。ひと眠りしてから帰るわ。死ぬ……死んじまう。脳細胞が、バラバラに崩れる音を感じるんだわ……ああ、そうだ。た、煙草……ねぇよ……なぁ」
肩を落とす先輩を、千影が上の階へと案内する。
階段を昇る足音を聞きながら暫く、エキゾチックの塊の様な客人と差し向かい。
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