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処女搾乳  作者: ……くくく、えっ?
五章:シャングリラ

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ネフェルティティ

 (にじ)む憂鬱を隠すのも一苦労な様子で、マネージャーが口を開く。


 正直なところ、柊先輩には悪いけど……そんなことは、もう(はな)から勘定外のお話。


 欲をかいて、危ない領域に足を踏み入れるよりも――今夜に限って言えば。


 今すぐお暇を申し上げて、帰りたいと言うのが噓偽りの無い本心。


 けれどマネージャーの口から出たのは、予想外のものだった。


「今日までの当カジノのご利用状況を考えますと、チップは現金化されるものと考えますが、念のために聞かせて戴きたいのです……円になさいますか? それともUS$? 数日お待ち戴けるのでしたら……貴金属のインゴットも御用意可能です。重量の方を考えますと暗号通貨でのお支払いも可能ですが、その場合――」


 まさか、まっとうに――こちらの勝ち分の支払いについてを尋ねられるとは思いもしなかった。


 先輩ではないけれど、この時点に至って――流石の俺も、頭がオーバーフローを起こしたかの錯覚に見舞われ始めて……若干


 間の抜けた表情を浮かべていたかも知れない。


「――おかしいですか?」


 こちらの変化に気付いた様子のマネージャーが笑う。



「当カジノ……ひすぱにおら号の職員は、前世紀末の租借地の返還を経て――昨今の情勢の変化から、新天地を求め海を越えて、この国に渡ってきた者たちで構成されております


「まだ十代のお客様には、退屈なお話でしょうが……寄る辺無く、身を休める庇もない私どもとしましては、目の前の金などより、信用はなによりも重要なもの。


「清算については、ご安心下さい。ステージ上の車についても同じく。ただ、あちらは輸送と保管を考えますと……お客様に不利益を与える可能性が御座いますので、相当品を調達可能な者を御紹介する……という形を取らせて戴けますでしょうか?


「当カジノと致しましても、お客様との このご縁を無駄にするのは本意では御座いません。


「何卒、ゲマインシャフトの老師様方にも、宜しくお伝え戴ければ……と存じます


「今夜は……他のお客様方を沸かせる素晴らしい勝負と――いつもと変わらぬ ご利用……誠にありがとうございました」



 * * * 



 アタッシュケースに詰められた1億円。


 ガワを含めて14㎏にもなる現金と、ゼロが氾濫する海外ウォレット――ホールの係が掃き集めてくれていた、換金したチップ214万円分をポケットにねじ込むと、船を後にした。


「…………」


 燃え尽き症候群とでも言うのか、遠い目をしたまま先輩は、俺に片腕を絡めて――亡者か幽鬼さながらの歩み。


 船から離れて、港湾地区の片隅に建てられたプレハブの事務所へと向かうと、外で煙草を吸っていた作業服姿の中年男性が、こちらを目にして片手をあげた。


 傍らの吸い殻入れで煙草の火を揉み消すと その方は、こちらに向かってゆっくりと近づいて来た。


「りっちゃあん♪ ……お、おお? なんだよ? ふたりして海に落ちたみたいにべちゃべちゃだな! 青春か? 青春っちゅー奴か? おウチの手伝い終わってそのまま来たんか? おっちゃん、りっちゃんのドレス姿めっちゃ! 楽しみにしてたのに美人が台無しじゃねーか」


「……お、おお」


「りっちゃん? ……おーい? りっちゃ~ん? 彼氏くんもだけど……りっちゃん、どうしたの?」


 その問いかけに曖昧な笑みで返してみれば


「……、――分かってるよ。おっちゃん……学はねぇけどよ。事情が想像できねぇほど、バカでもねぇんだ。こっちだ。お友達は、中で待ってるよ」


 こちら側の迷惑な申し出を快諾までしてくれた上。


 空気だけで訳ありな事情を察した御仁は、それ以上を追及してこなかった。


 事務所の片隅に置かれた、年季の入ったソファーにあった、薄汚れたシーツが静かに持ちあがった。


 暗い事務所の中、それを羽織って前に進み出てきたのは――


 褐色の肌に、ギリシア神話の女神を思わせる 見事な波打つ金色の髪。


 淡い翡翠色に、金色が混じり合ったかの虹彩異色症の右目。


 シェイクスピアはオセロで、嫉妬を〝緑色の目をした怪物〟と形容したけれど――そんなものでは言い尽くせない、現実味の無い容姿。


 アフガンアイの右目に対して、蒼と淡い紅が混じり合う……昼と夜とで色合いを変えるアレキサンドライトを思わせる色合いの左目。


 この国ではプロテーゼを入れて整形したアイドル以外に まず見ることはない――指1本分の幅も無さそうな鼻翼の狭いツンと高い鼻。


 長い年月をかけて風土によって培われたものか、それとも……今日までの過酷な人生がそう見せるのか――命に対して肯定も否定もしない……神の御使いの如き風貌。



「ああ、声で……若い方なんだろうな……と、思っていましたが……


「まさか……ぼくと……、――同じくらいの方だった……なんて」



 目にしたほとんどの人間が抱くだろう、芸術品めいて浮世離れした印象とは、真逆の――感情の奔流に翻弄されるみたいな……そんな空気が、一気に溢れ出す。


 幼くも見えるし、日本人の俺からすれば――大人びて見えもする顔が、くしゃくしゃになって……唐突に崩れた。


 油に汚れた手で顔を押さえ、目の前の美貌が声を震わせ始めると、俺たちを事務所に招き入れてくれた、おじさんは――ひとつ鼻を啜って


 「外で……煙草……、――吸い直してくる」


 言い残すと外に出て、しばらく戻ってこなかった。

いつもブクマ有難うございます。


サブタイは―異邦から来た美女―

あたりの意味で用いています。


「美女来たりぬ」でも良いかもしれませんが。


宜しければ、お読み下さった御感想や「いいね」


その他ブックマークや、このあとがきの下の方に

あります☆でのポイント


それらで御評価等戴けますと、それをもとに今後の

参考やモチベーションに変えさせて戴きますので


お手数では御座いますが、何卒宜しく

お願い申し上げます。

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