ボナンザ
ホールを出る途中、インカムで状況を耳にする見回りたちに何度か声を掛けられた。
その声に精一杯の愛想笑いを浮かべて甲板に出ると、ドローンに運ばせた荷物を回収。
準備を整え、スマート・グラスを装着すると――スマホと無線起動のトリガー・スイッチを手に取って時を待つ。
――予定の時刻。
トリガーを引くと、船内に張り巡らされた監視カメラとモニタールーム、それと主電源をダウンさせるべく仕掛けた、ささやかな量の火種が燃え上がった。
あくまで漏電火災に見えるように仕掛けた それによって――この船、ひすぱにおら号の視界はブラックアウト。
続けてスイッチを押すと、見回りの連中を攪乱すべく船内に隠してまわった、セルロイドを刻んで作った発煙装置に火が入った。
苦労して設置して回ったカメラが捉えた、ハチの巣をつついた騒ぎで、見回りの連中がインカムに がなり立てる様子がスマホに映し出される。
見回りの誘導に成功したのを確認すると、ハッチの側で今か今かとタイミングを図っているに違いない彼女に合図を出した。
彼女の視界が、ミラーリングしたスマートグラス一杯に映し出される。
その視界を元に船外へと誘導して、目的の場所で待機するように伝えると――
俺は船に密輸したデバイス一式を海に投げ棄て
しばらくの時間をおいて、なに食わぬ顔でホールへと戻った。
* * *
割れんばかりの歓声の中、柊先輩が放心した顔でホールの床にへたり込んでいた。
無理も無い。
どう足掻いたところで、勝てる勝負じゃなかったのは明らか。
愚かな若造と小娘の失敗を――きっと、胸のすく思いで嘲笑っているに違いない、客たちを掻き分けて先輩の隣に向かう。
これから開始されるだろうガキどもの……やっすい やっすいソープ・オペラを期待してお集まりの皆様は、静かに道を開けてくれた。
「……あああ」
気配を感じ取って、夢遊病者のそれで先輩が首を巡らすと、震えた声。
「イイよ。お疲れ様……また来よう」
普段、血の気が有り余ってる彼女の……蒼褪めた顔。
その様子が――全てを物語っていた。
無茶な勝負を押し付けて……彼女には、盛大にわりを食わせた訳だ。
泣かれようと、なじられようと全ては俺の責任。
彼女の健闘を称えて肩に手を置き――どう慰めたものか、しばらく言葉を探す。
「勝っ……ち……まった……」
「……、――、……、――、……ん?」
* * *
彼女が口にした言葉の意味を理解するより、周囲が沸き立つ方が早かった。
かいぐりかいぐりと、今日まで話した事も無かった客たちが、俺と彼女に詰め寄って、揉みくちゃにしようと襲いかかってくる。
洗濯機の中に落ちた仔猫よろしく、なされるがままに――過剰なボディランゲージの暴風に身を任せていると、吹き抜けのホールの上部分に……あるらしかった、VIP個室の常連たちが、俺たちに高額ゲーミング・チップを御捻りに投げつけてきた。
それを皮切りに周囲の客たちからも、紙幣にチップが雨あられ……というよりも雹といった感じで投げつけられ、俺たちの周りに降り注いだ。
酔っているのか、負けた腹いせの鬱憤晴らしか――ただ純粋に祝福してくれているのか。
調子に乗った客たちの幾人かが、狂ったように発泡酒をシェイクして、俺と先輩目掛けて浴びせかけてくる。
この船に足を運ぶ都度、先輩がセットしてくれるヘアワックスが、一瞬にして流れ落ちて一張羅の礼服はドロドロ。
俺と先輩を囲んでの乱痴気騒ぎは、それから皆が疲れ果てるまで続いて――場が静まるった頃、先のマネージャーが俺たちの元にまた姿を現した。
* * *
客たちの声援を背中に、案内されたのはマネージャーの部屋。
中肉中背ではあるけれど、ボディーガードとしか思えない丸刈りの男が、俺たちにタオルを手渡して壁際に戻ると――再び置物の様に この場に同席した。
本来なら こちらが負けて、そのまま負け犬は、ハイさよならと――あと腐れなく退散……という運びになるハズだった。
予想外の、この展開。
きっと今から難癖をつけられて、勝ち分を渋られるに違いない。
「今夜は……なんと申しますか……当方の不始末でボヤを起こしてしまいますは、お客様の豪運に泣かされるはで、本当にもう……散々です」
マネージャーが口にした「ボヤ」
これに先輩が反応して、狼狽をみせなかったのは幸運だった。
この部屋に招かれてからも、表情も虚ろな様子で――燃え尽きた空気を振り撒く彼女は、なんの反応も見せない。
どうやら今夜の幸運は、まだまだ続いているらしい。
今日まで暇を見つけては……漏電火災に見える様に細工してきた、俺の小細工は――
きっと、警察の鑑識でも現場に入れない限りは、それと知れることは無いだろう。
船内に一時立ち込めた白煙の原因を探るために、カジノ側が船を虱潰しに調べることで、俺が仕掛けた盗撮カメラが発見される可能性はあるとは言え。
そもそもアレらの購入履歴は、俺には無い。
人の足を使って調べさせてみたところで、俺に辿り着くことは まず有り得ない。
「さて……お支払いの件ですが」
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