燻製ニシンの虚偽
「……調子に乗るなよガキども、警察に連絡して補導させるぞ……って、言いたそうな空気だな」
俺の言葉に周囲の客たちがドッと笑い声をあげた。
「まあ、こんな場所に足繁く通う俺たちが……金なんかにあまり興味が無い事は、ご想像戴けるだろうけど――そちらは、そうはいかないよな。お仕事だろうし」
今日までの俺と先輩の振る舞いからは考えられない年相応かも知れない、殊勝そうな……あくまで「そうな」言葉に、客たちが穏やかな笑いを漏らす。
気の短いマネージャーであったなら、虚仮にされたとでも捉えて煮えくり返る腹の内を、その場でぶちまけたに違いなかったけれど、そうはならなかった。
余程、自制の利く御仁なのか、マネージャーは そこに至っても笑顔を崩すでもなく。
――こちらの出方を窺い続けていた。
感心するより他無い、惚れ惚れとするばかりの胆力と認めざるを得ない。
「そうだな……」
俺とマネージャーの顔色を窺う様に交互に見回して、顔を青くするディーラーは、可哀想になるほどの狼狽えっぷりで、事の成り行きを見守っていた。
「この場所は――実の所……いや、他のお客さん方は薄々お気づきかも知れないけれど、俺みたいな奴には少々、合わなくはあるのだけど……連れの彼女は凄い気に入り様でね。お陰で夜毎のお供を云いつけられて困り果てていたところなんだけど、この船に遊びにこれなくなるのは……こちらも正直を言うと、困る……連れの虫の居所にまた毎日、怯えないといけなくなる」
想像した通りの俺と柊先輩の力関係が詳らかになったことで、周囲の客たちから小さな笑い声。
「かといって、このままゲームを続けても……今夜の彼女は、本当に……なんか悪いものでも食べたの? って聞きたくなるほどの恐ろしいツキっぷりだし、そちらはパンクしちゃうだろうしね。とはいえ、こちらもバカラなんて……イカサマのしようも無いゲームで勝ったのを理由に、出入り禁止にされてもつまらない……」
マネージャーは売り上げと、このカジノの体面を。
俺は……既に目的を果たした訳だから、あとは……どう自然に。
この場を違和感無く丸く収めて、フェードアウトするかということに尽きた。
そんなことを漠と考える俺の視界に、素晴らしいものが。
* * *
「ああ、こうしないか? マネージャーさん。後で彼女に文句を言われるのは間違いないけど――俺はアレが欲しい」
指差す方へと、ホールの人間たちの視線が一斉に向いた。
その先には、ステージでライトアップされた装輪装甲車スタッグハウンド。
クリスマス・ツリーの先端の星を欲しがる子供みたいな言葉に、客たちの何人かが――少しの間、呆気に取られて、それから思い出したかのように笑い声を漏らした。
「多分、アレが……本物なんじゃないのかってことは、なんとなく分かってる。でも、今夜までアレを何度も見てきたせいか――なんかもう……無性にあれが欲しくて仕方が無い」
「……ちょッ!? ば! お、おまッ?! なに言い出すんだよ!」
柊先輩からすれば意味の無ければ、興味も湧かない取引を口にする俺は――余程の愚か者に映ったに違いない。
狼狽える思考に舌が追い付かない彼女の口を背後から、そっと両手の平で押さえて轡をかますと、マネージャーへの提案を続けた。
「詳しくはないけど……西側でも新品の装甲車が購入可能な金額。東側なら戦車だって買える額なんじゃないか? テーブルのチップを全部換金すると。
「ステージの上のアレを賭けてくれるなら、こちらはテーブルの上のチップをオール・インし続けることにしよう
「そちらは……そうだな、……3回。3回続けて、こちらを勝たせない限りはOKって事でどうだろう?
「負けたら今夜は、もう……大人しくお暇させて貰うよ
「流石にもう、実弾も続かないしね」
* * *
所詮、どう足掻いてもギャンブル。
純粋に運のみがモノを言うバカラだと言っても、胴元であるカジノ側が確率的に……やや有利にはできている。
――で、あるのに対して。
軍資金を小出ししてトータルで勝ちを収めなければいけない現実のカジノで、こちらはチップの総てを3度ベットし続ける。
とことんカジノ側をバカにするにも等しい提案。
これで勝ったなら こちらが、イカサマでも働いているとしか普通は考えられない訳だけれど、ゲームの内容はバカラ。
イカサマなんて こちらとディーラーが、事前に組んでいない限り不可能。
俺の申し出にマネージャーが、ディーラーを一瞥。
ディーラーの目から、不義を見抜こうとでもしたのかも知れなかったけれど――その色は見つけられなかったのか。
ゲームに臨むディーラーの目が戦意を取り戻したのを確認すると
マネージャーは、こちらからの申し出を承諾した。
* * *
「……じゃ、あとは任せるから、勝ってくれよ? 俺はアレが欲しい」
夜店の屋台で並ぶオモチャを欲しがる子供みたいなモノ言いを口にして、ゲームの総てを彼女に放り投げ、俺がその場を離れようとすると、周囲がまた沸いた。
背中でホールの様子を聞いていると、どうやらゲームは始まったらしい。
彼女は……柊先輩は、きっと負けるだろう。
バカな勝負を勝手に仕掛けて、敗戦処理を押し付けた手前、ここから先は失敗できない。
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