バカラの女王
エントランスで預けた手荷物を受け取ると、その中からスマートフォンを取り出す。
暗号通貨を保管する、海外ウォレットから必要な額を引き出してチップに交換すると席へと戻った。
……不機嫌な彼女に腕を取られて、バカな小僧が戻ってきた。
台の空気は概ね、そんな感じ。
俺たちと入れ替わりで席に座った他の客が ひとしきりお遊びに興じた後の、苦笑いを浮かべて立ち上がると俺の肩を叩いた。
「やっぱり人生ってものは……思った通りにはいかない」
そう溢して立ち去る彼のゲームは、どうやら芳しい結果とは、いかなかったらしい。
席ついてチップと交換するためのカードをテーブルに置くと――それを回収したディーラーが一瞬、固まった。
その様子は、極わずかな……ささやかな変化でしか無かったけれど、賭博に興じる客たちの幾人かは、それに気づいたかのようだった。
テーブル毎の売り上げが、ディーラーの稼ぎに直結すると聞く、カジノのシステム。
努めて平静を装って、ディーラーがキャッシャーで用意した額面のチップを積み上げていく。
俺が交換したチップの額は、日本円で7000万円ほど。
ラスベガスであっても、VIPルームでもなければ一回の勝負で投じられることは、早々無いだろう金額。
積まれたチップの山に気付いた客たちの囁き声が、あっという間にホール一杯に拡がった後で、喧騒は静寂に変わった。
「それじゃあ……始めてくれ。いつもの通りゲームは彼女に委ねる」
俺の言葉に柊先輩が喉を鳴らす。
「緊張してるのか? どう転んだところで……あぶく銭じゃないか。勝っても負けても構わん。強気で行け」
ジャケット越しに触れた彼女の肩の震えが、静まった。
「……本当に、ロクでもねぇな」
言葉とは裏腹に、微かに愉しげな響き。
席に着いたままジャケットを脱ぐと、それを俺に手渡して――
「暑くて敵わねぇ、預かっておいてくれや。あと……吠え面かくんじゃねぇぞ?」
十人並みと謙遜する、化粧映えする顔を首だけでこちらに向けて笑うと、先輩は最初のゲームのチップを手に取った。
* * *
プレイヤーとバンカーの別はあっても、このバカラというゲームは、極論すれば――右と左、どちらに9に近い数字が出るかを当てるゲーム……であるらしい。
実際には細々としたルールは他にもあるものの、コアルールは概ねそれだけ。
ポーカーみたいな駆け引きも、全く無し。
頭も技術も無しに、純粋に「運」だけが要求されるゲームなのだとか。
柊先輩の手妻遣いも、俺の小賢しさも意味を成さない このゲーム。
なんで、そんなものをわざわざ選んだのかと言えば――
小難しい話を一切必要としない そのゲーム性は、ギャンブルの王様と呼ばれるだけあって
人の射幸心を煽り立てて、人を惹きつけるのだと言う。
俺からすれば乱数の振る舞いに、いちいち悲喜交々としようとする――この場にやってくる人間たちの感情は……理解できないものでは有ったけれど。
今夜の俺たちの目的を鑑みれば、あつらえ向きのゲームだと言えた。
負けるだけ負けて、ムキになって大金を棒に振ろうとする俺たちをほくそえんでやろうかと、テーブルには黒山の人だかり。
けれども、柊先輩はそんな周囲の思惑に反して――金に対する執着と言うか、がめつさというべきなのか。兎も角……ウソのような第六感めいたものを働かせて、快進撃を続け。
ゲーム開始から一時間が経過した頃には、用意したチップは倍に膨れ上がっていた。
* * *
「カカッ! なァんだよ? オイオイオイ……今夜のあたしってば、なんか悪いモンでも憑いてるみてぇじゃねーか」
勢いづいて、調子に乗る先輩だったけれど……もはやディーラーは、顔から血の気を失わせ――明らかに震えていた。
カジノの側としてはディーラーをチェンジしたいところに違いないけれど。テーブル毎に売り上げが計算される性質上、イカサマが介在しようの無い このゲームで……
勝ちを重ねる迷惑な客が居座る鉄火場に、ヘルプに出る物好きなディーラーもいないのか。
救いの御手は、どこからも差し伸べられる気配は無し。
正直、この展開は予想していなかったけれど、本来の目的からは、些かも逸脱する訳でも無い。
戦意を喪失して――務めを果たせなくなったディーラーによって、ゲームは完全に停止し
成り行きを見守ろうと詰め寄せて、囁き合う客たちと、退屈を拗らせた見回り男たちが固唾を呑む中、このカジノを取り仕切る……らしい、責任者と思しい中年男性が姿を見せた。
初めて目にする顔だった。
カジノ側としては、特に……少なくとも表向きは。
なんら不正を行った訳でも無い俺たちを、特別な理由も無しに出入り禁止とするのは、他の客たちの手前できなかったのだろう。
なんとか、この――今にも沸点を超えようとする この場を……丸く収めたいという思惑が、ありありと伺えた。
「マネージャーさん?」
俺の言葉に男は肯定。
歯が浮くかの賛辞で俺と先輩を褒めそやして、おだて上げ――のぼせ上らせて、隙を見せたところで、この厄介な客を……どうにかする方策を掴み取りたい。
彼の苦々しい思いが、笑顔の端々から滲み出していた。
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