蝶の見る夢
礼服のポケットから、両刃のダイヤモンドヤスリを取り出すと文字通りの意味でハッチの隙間からそれを差し入れた。
「……それを使えばハッチを閉じている鎖を切るのは、2時間もあれば可能だ――バレると元も子もない。作業は注意深く慎重に。とはいえ、できる限り急いでくれ」
伝えるべきことを伝え終えると、何食わぬ顔を取り繕い、船内へと戻った。
* * *
船と港湾施設を繋ぐ、恐らくは唯一の脱出路であるタラップ。
そこに至るまでの脱出経路の途中途中に、イオナの家で調達した隠しカメラを仕掛けてまわる。
船内を監視するカジノ側のカメラの死角を突いての作業。
モニターを監視する訓練を受けた人員の目を欺瞞する方法には、先輩から教えて貰った〝かっぱ抜き〟なるイカサマを行うための手法を参考にした。
元々は麻雀の突いた肘の内側なんかで、良牌をすり替えを行う際に用いるテクニック。
これを仮にゲームの台で、なんらかのイカサマを行うために行ったのであれば……流石にそれは、すぐさま看破されたに違いなかったけれど。
ゲームに参加する様子をまるで見せない俺が、外野でそんなことをしているからと言って、注視する者も居なかったのか。
作業はなんの支障も無く完了し、必要充分な数の〝目〟の確保は成った。
後は、彼女と打ち合わせた その日を待つばかり。
* * *
Ⅹデーの間際、足音を察して床のハッチが、いつものように隙間を開く。
先日の差し入れと同じ手法で密輸した物を取り出すと、それをねじ込んだ。
「……これは?」
100均の大柄なバンダナで梱包した、2つの差し入れを拾い上げる気配。
「指輪とスマート・グラス。最近では、そう目新しいものでもないウェアラブル・デバイスだ。
「あとは、その予備のバッテリーとカシオの古いGショック。
「船内の各所に、必要な数の隠しカメラを設置した。
「そして脱出時の障害になるカジノ側の監視カメラは、システムをダウンさせるための細工も完了した。
「もし、Wi-Fiみたいな無線を用いるシステムが、一部でも存在するなら――正直なところ、その場合……そこから先の展開は、かなり荒っぽいやり方を覚悟しないといけなけれど……まあ、ここがカジノとして使われている非合法な場所だということを考えれば、民間にも気づかれかねない無線を使用しているというのは……ちょっと考え難い。
「まず大丈夫のハズだ。
「手渡した物の扱い方を今から説明するから覚えてくれ。
「ただし、決行の間際まで眼鏡のパワーは入れない様に頼む。
「そいつが出す電波で万が一にでも……ことが事前にバレるのは避けたい。時計は合わせてある」
手短に必要と思われることを矢継ぎ早に伝えたにも関わらず、どうやら彼女は聞き流すことも無しに、話の内容を咀嚼できたかの――そんな空気が伺えた。
返される質問に応えた後で、ハッチを閉ざす鎖の切断作業の進捗具合を尋ねてみると、後は力押しでも切断できそうだとのこと。
考えつく限りの準備は完了した。
「それじゃあ……今日で隙間越しのデートは終わりだ。予定の日までに体調は、しっかりと整えておいてくれ」
「分かりました」
こんな状況に置かれながら、誰とも知れない相手の俺をしっかりと量って、信頼して脱出に繋げようとする賢明さ――俺に著しく欠ける。
人を理解するという美徳に富む彼女が、気丈に返す。
「じゃあ、あとはもう……よほどのトラブルが発生でもしない限り、俺はこの場所には来ない。次は、船の外で会えるのを楽しみにしておく」
ハッチが静かに閉じられたのを確認した後で。
機関室の外に出て、しばらく時間を潰すと――ささやかな勝ち負けに一喜一憂を垂れ流して、ホールに華を添える先輩の元に戻って
その夜、俺たちは船を後にした。
* * *
そしてⅩデーがやってきた。
ハイローラーたちが鎬を削り合う、バカラ台。
おおよそのカジノで、もっとも大金が流れるとされるギャンブルの王様の席で俺と先輩は、傍から見ればいちゃついているかの、くっつき様でゲームに挑み続けていた。
イカサマもカード・リーディングもほとんど意味を持たないバカラ。
勝ち負けは、どうでも良かった。
今夜のメイン・イベントは、船底のハッチからいつも怯えた子ネズミの様に顔を見せる彼女の脱出。
船で働く職員たちと夜毎、訪れる客たちの注意を出来る限り――こちらに引き付ける必要があった。
「……ッだァ!? また負けたァ!!」
柊先輩が頭を抱えて突っ伏す。
目の前で無情に掻き集められていくチップの山。
見物客たちが、今夜の憐れな生贄がのたうちまわる様をニヤニヤと眺めていると、ディーラーからゲームに参加する意思の確認がなされた。
「チップの追加がしたい。少し、席を外させて貰えるかな? 直ぐに戻ってくる」
ディーラーにそう告げて、先輩を立たせるとエントランスへと向かう。
先輩が仏頂面で不機嫌を滲ませる。
運に依存する割合を減らすことが可能なゲームであれば、今日までそこまでの大敗は無かった。
先輩からすれば、見ず知らずの赤の他人のために危ない橋まで渡って――大金をドブに棄てるかの行為が、腹立たしくて仕方が無いのだろう。
そのことについてボヤくことのひとつもできたなら、多少のストレスも解消できたかもしれないけれど――
それを今夜、誰かに聞かれる訳にもいかない。
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