DID
周囲の今まで以上の目もあるだけに、注意と慎重さを促すサインを柊先輩に送ると
「ん~? ちゅーしてやろうか♪」
了解を示す揶揄を先輩が口にした。
そしてその夜の稼ぎ場所として選んだ、ブラックジャックのテーブルに着くと――俺はいつも通りの気乗りのしない仕事をこなす事に。
* * *
ここ最近のスコアから、若干のプラスになるように配慮してのゲーム終了。
集中力の維持可能な時間を考慮して、決まった向きもある お遊びの時間。
時間を過ぎて、お役御免となった俺は
「もうひと稼ぎッ!」
――と、息巻く先輩を残して、ひとり甲板に出ることにした。
自分の持ち分で遊ぶ分には、確かに……俺からなにも言う事はないけれど。
「……連日の様に……連れ出される俺の身にも……なってくれ……」
手すりに掴まって項垂れてみれば、通りがかった この間とは、違う見回りからの
「おふたりのゲームみてましたよ。良いゲームでした」
――嬉しくも無い御賛辞。
「どうも」
しょぼくれた声で短く返すと、それが俺に定着しつつあるイメージに適ったのか
見回りの男は、なんだか満足げな空気だけを残して立ち去って行った。
「なにをして、時間を潰そうか」
日々、細々としたスケジュールに忙殺されていた毎日が恋しい。
もう十分すぎる程知り尽くした この船。
見て回りたいものなんて特に思いつかない。
けれど、気がつくと俺の足は、かつての この船の心臓部。
機関室の方へと、自然と向かっていた。
* * *
こびり付いたままのC重油の匂いに誘われるみたいに、動かなくなった機関室へと足を伸ばした俺。
今頃、冷えて固まるどころか、経年劣化でグリースとアスファルトに変化して、配管だって詰まらせたに違いない、寿命を終えた機関を眺めていた。
「……話すんじゃなかった」
柊先輩が、毟り取られる前にと……厚意から教えてやったのが運の尽き。
金に目の色を変えた先輩が、ここまで俺の毎日に浸食してくるとは思いもよらなかった。
「か、帰りたい」
自然と口を吐いた泣き言に、さらに滅入って立ち尽くしていると――なにやら視線。
辺りを見回してみるも当然、人影は無し。
(……気のせいか)
いよいよ欲求不満のストレスが、メンタルに悪影響でも及ぼしているのかと、ささやかな不安を覚えて苦笑を零しそうになっていたところ――視線の主をみつけた。
「……………………」
傍の床の小さなハッチが、下から押し上げられて
暗がりの中でも粗末なものと分かるボロ布の間から、ふたつの目がこちらを窺っていた。
「誰だ?」
こんな老朽化した廃船待ったなしの船で、講談みたいな密航者もないことだろう。
この船で働く人間が総じて身に纏う、特有の――剣呑な空気も無し。
俺がその視線に誰何の声を掛けると、ホールでは今も大勢が振り撒いているだろう
一か八かを競るみたいな空気で、そいつは話しかけてきた。
英語だった。
「……あ、あの……貴方は……この船の方ですか?」
* * *
「その〝船の方〟が、ここで働く人間を差しているなら違う。単なるカジノ客だ」
明かりのない機関室の中ではあったけれど、その声が、俺たちとあまり年も違わない、女の子のものだという事は分かった。
「なんで……そんなところにいるんだ? メンテナンスハッチに潜ったところで……直せる船でも無いだろ?」
色々と……おかしな、この船のこと。
彼女が辺りを窺うハッチを潜れば――その先に、なにがあるのかなんて知る由も無い。
けれども、特に興味があった訳でも無いにも関わらず、俺は……なんとはなしに彼女に、そんなことを尋ねて――そして
「捕らわれています……助けては戴けないでしょうか」
迂闊にも藪蛇を突いてしまっていた。
* * *
――翌日、夜――
「まじかよォ……」
ここ最近、作戦会議室となった感もある、先輩の家の――店の奥の個室。
チャイナテーブルに足を投げ出して、彼女が天井を仰いでいた。
「……ああ、バイトあとで……チトむくんでっけどよ。あたしの脚見んのはサービスだ。見とけ見とけ……てか、それ……本当にマジか?」
行儀悪くテーブルに乗せた足を、サービスだとは先輩らしくもあったけれど。
生憎と、そんな類の冗談で晴れる気分でも無かった。
投げ出された足が組み直されて、ドレスの裾が絹鳴りを立てた。
「ロクでも無ぇところなのは……分かってたんだけどなァ――まさか……それほどまでとは思いもしなかったわ」
淹れて戴いた龍井茶なる中国茶に手を伸ばして、不機嫌そうに言ちる先輩の話に耳を傾けてみれば
「うちで働くオヤジども。あいつらについて今更……お前に、なにか言うこともないとは思うけどよ。なんつったか……武林だったか江湖だったか……どっちも同じ意味だったか……忘れちまったけど。
「とにかく、そんな……ド突き合いの社会での、横の繋がりってのは、とんでもなく広いらしくてだな――
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