とはいえ
恐らくは――先に俺が話した内容についての説明を先輩に求められていた……のだと思った。
「……着替えてきてからで……いいか?」
「今ッ!!」
* * *
部屋に上がろうとした俺を引き留める、先輩の御所望により――それよりも先にと。
トランプなんてものを家探しする羽目に。
まだ幼稚園の頃に買って貰って、2~3回遊んだっきりの紙のトランプ。
探しに探してみれば、それは……ふと何気なしに足を向けた、母の部屋の鏡台の引き出しに何故か仕舞われていた。
ほのかに化粧品の香りが移ったそれを手に、先輩の元に戻ると――そわそわ そわそわと落ち着きを無くした様子の彼女が俺を待っていた。
「……こんなのしかなかったけど、良かったかな?」
俺が手に見せたそれを、ひったくるようにして。
紙箱から出したカードを慣れた手つきでシャッフルすると、2枚ずつ開いて重ねてを繰り返し――全部のカードを開示し終えると、裏返しに戻して重ね合わせ山札を作った。
それから先輩は、伏せたカードを順番に配って。
「……橘……ちょっとお前……そのカードの中身……言ってみ?」
「ハートの10と、ダイヤの2」
先輩の様子からすると――
どうやら先に話した俺の話を御信用戴けなかったのか。
俺の記憶容量を確認するみたいな神経衰弱モドキを暫く繰り返す。
「――あって……る」
山札総てを開き終え。
それを再びシャッフルし直しての何度目かのプレイの後で。
先輩が喉を鳴らした。
「……か、カード……カウンティング……を……こ、こ、こんな精度でできる奴が……居るもんなのか……」
ここまでやらせておきながら……なお疑り深く。
先輩が次に出したのは、スマートフォン。
「おまえのこったからカードに……あたしたちじゃ分かりっこねぇ、細工がしてあった可能性も捨てきれねぇ。橘……お前、麻雀……分かるか」
「いえ、全然」
「じゃあ、それは別にどうでもいい。麻雀には牌譜ってもんがある。将棋で言う棋譜みたいなもんだ」
「先輩に聞かれた手番の内容を当てろ……と?」
「そうッ! そうそうそうそうッ! そのとォ~りッ!! 今から、あたしがやってきた……麻雀ゲームの牌譜をみせる……って、麻雀分からないんだよなァ……役どころか、牌の呼び方とか分からないよなぁ……う~ん
「……よっし
「あたしがあとで牌を指すから、それが牌譜のどこに出てくるかを当ててみろ! チラシ……チラシ的なモンと書くもの……書くモン貸してくれ」
新聞なんて、鮮度の落ちた情報しか載ってない代物を――俺の記憶では、この家で取った試しも無い。
固定電話の隣に置いたメモとボールペンを手渡すと先輩はそれで、牌の種類を書き表した……らしいものを次々に描き殴って。
「今からスマホで見せる牌譜を見て覚えろ? 時間は……そんなにやらんから、しっかりな」
「どうぞ」
傷だらけのシャンパン・ゴールドのスマートフォンをこちらに向けて。
牌譜とやらを画面に開くと、数秒ほどで閉じて――
あれこれと、俺とのやりとりに難儀しながら……柊先輩は質問を繰り返し続けた。
* * *
「でひゃひゃひゃひゃひゃッ! あはあはあはぁは……あぁあッはッはッはッ! いぃ~~~っひっひっひ♪」
一通りの問診めいたやり取りを終えると、先輩はフローリングの上で転げまわる。
「……か……勝てる……勝ち……まくれる……大勝ち……確定」
目には涙まで浮かべて、ドレスアップに合わせてしてきたメイクを、崩れるのも気にもせず喜ぶ彼女。
「……そうも行かない気がする……かな」
「んんなことねぇって……いやいやいやいや。そうだな、そうだ。うん、橘大明神様のお話を有難ぁくッ! 伺わせて戴こうか。裸かぁ? 裸で土下座までして お告げを聞こうかぁ? んん? エぇッろ♡ エロエロえ~ろッ♬」
上機嫌に下品な事を口にする先輩が喜び切らない内に、俺は懸念する点についてを伝えることにした。
「まず……今、先輩が俺にしたテストみたいなものだけど。困ったことに……これは、延々続けることはちょっと無理……かな。興味が沸かない事に関して俺は……集中力が続かない」
「……あ~、そりゃ……ちっとマヂぃな。それでそれで? 他には他には?」
「それと、場に出てオープンされたカードは……集中力が続く範囲では覚えることはできる――でも、これは……別にイカサマ的なテクニックで……強引に勝ちを収めるのとは訳が違う。
「勝つ確率は導き出せはする。けれど絶対じゃあなくて……やはり最後は、運の勝負になる」
「ん……んん……ホームランは出ねぇが……ヒット本数稼いで……トータルで勝つしかねぇってことか。シューターにカード放り込まれると、また覚え直しになるし……絶対とは、いかねぇ訳か」
「あとは、あちら側に目を付けられたら……そこまで。多分、出入り禁止になる。カジノで遊ぶのは……俺としては、別にどうでも良いんだけど……あそこで、金の洗浄が受けられなくなるのは、ちょっと――」
「……そ、それは。あたしとしちゃあ……遊びに行けなくなるってだけで大問題だ」
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