カジノ殺し
午後15時40分。
けたたましくインターホンが鳴った。
あれから家に帰って、千影の通学準備の手伝いを済ませると
その日は、学校を休む旨を伝えて――すやぁ。
睡眠不足を補うように惰眠を貪っていた訳だったけれど、それは呆気なく破られた。
ここ最近のアングラすぎる俺の動線。
イオナの家で大量に見つけて手を加え、用心のため仕掛けておいた――盗撮カメラで外の様子を窺ってみれば、カブトムシの集まるクヌギの木でも見つけた小学生男子のような。
ウキウキとした様子を隠そうともしない先輩の姿。
着替えるのも億劫で、パジャマのまま玄関へ向かうと――帰って来た飼い主を出迎える仔犬のように、先輩がじゃれついてくる。
「橘ァ! あたしは今日、バイトはもう……ぶっち切る! 準備しろ! 準備ィ!」
「……、――、……」
連日の夜のお出かけを――余程お気に召して戴けたらしいのは……まあ、分かる。
けれど俺の方はと言えば……彼女のバイタリティにまるでついていけない。
「シャンとしろ! シャンと! あ、ああ……飯か? 飯だな!? ちょっと待ってろ! ちゃちゃっと作ってやるッ! お前は顔洗って寝ぐせをどうにかしてこい!」
有無を差し挿む猶予もない怒涛の勢い。
言われたままに、洗面台に向かって もたもたと顔を洗っていると――
大した材料は無かったハズの我が家の台所から、無闇やたらと美味そうな香りが漂ってきた。
* * *
一体、この短い時間で、どうやって生地を作ったのかも……謎な。
ミルフィーユみたいに何層もの層になった小麦の生地の間に――挽肉とショウガ、ニンニクに……刻んだネギとシイタケを挟んでゴマ油で焼き上げた、なんちゃって台湾料理なのだとかいう、軽食を戴いている内に目も覚めてきた。
「これ借りっぞ!」
テーブルに着いて、朝食と言うには遅すぎる食事を口にする俺を置いて、二階に上がった先輩が礼服を手に降りてくると、除菌スプレーを吹き始める。
びっくりするほどの腰の軽さで、くるくる動き回る先輩を見ている内に皿の一品は無くなっていた。
「……しまった。千影に取っておいてやるつもりだったのに」
思わず完食してしまった料理に呆けていると、先輩がさも下らなそうな声。
「んんなもん……いくらでも作ってやんよォ……いや、今作れって言われても、シイタケひとつしかなかったし、シメジだエリンギだの刻んで誤魔化したんだったわ、材料買いに行かねぇと無理だな
「いや、それはどうでもイイ! よし……食い終わったな? 出撃すっぞ!」
礼服を着せようと、パジャマを引っぺがしにかかる先輩。
なんとか、その猛攻から逃れて礼服を受け取ると、部屋へ戻って着替えることにした。
二階へ上がる途中、ふと思い出して――俺は足を止め
「そうだ……先輩」
「おう! なんだ!」
威勢の良い返事を返す先輩に
「あのカジノのカードゲームだけど……配られていたカードを見ていた限りでは、イカサマみたいなものはなかった
「ゲームが進行する過程で、確率的におかしなものが配られることもなかったから、カードゲームに関しては比較的……安心していいと思う
「せいぜいディーラーの手癖を警戒する程度で問題はない。
「ルーレットは、微かに……揺れる船の上だけに分かり辛くはあるんだけど、台に傾きがあるのかも知れない
「水準器を当てる訳にはいかないのが、なんとも困るところだな……イオナなら、ひと目で気付くだろうけど……あいつを連れて行く訳にも……いかないしなぁ
「話を戻そう。ディーラーが勝負時に仕掛ける際、手玉を離すタイミングは必ず00の場所で固定だった。
「レーザーを使って計測できれば……正確に調べられるんだけど……台の円周を64分割して玉が放たれた際の速度と、ウィールを数回スピンした後での速度を比べて、減衰軌道……これも玉が転がる台の抵抗が良く分からないから、正直あやふやではあるのだけど……まあ、それを用いて玉が落ちる範囲を予測すると、大体いつも同じ誤差の範囲に玉は落ちていた」
「スロットは多分、疑似的に乱数を発生させるジェネレーターを用いて……役にランダム性を持たせているのだと思うのだけど
「他の客がプレイする様子を見て覚えたリールから――
「乱数ジェネレーターのシード値……ええっと、初期値って言えばいいのか……な?
「これを弾き出して、パターンを計算してみたんだが、多分……台の内部に仕掛けがある気が……する。いや、多分ある。手は出さない方がイイ
「……じゃ、ちょっと着替えてくる。失敬」
「おう! 行ってこい! 早くなッ!」
あのカジノ船、ひすぱにおら号についての俺の見立てを伝えると、先輩は階段を上る俺を、上機嫌な様子で手で追い払うみたいにした。
――かと思えば。
慌てた様子で駆け寄ってくると、がっしりと肩を掴んで――俺を引き留めた。
「また、もう……なにがどうしたんだ?」
訳も分からずに振り向けば、そこには狼狽え切った先輩の顔。
「た、橘……たァちィばぁなッ!」
必死に動揺を抑えようと身体を震わせる彼女。
「お、お、お、お、お、おま、お前……い、い、い、一体……な、なにを……言ってんだ? ん? え? おい?? オイィーーーッ?!」
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