先輩とのカジノデートが……ブラックすぎる
先輩が持ち掛けてくれたお話であるところの〝ビジネス〟
暗号通貨三百万円相当の手持ちのチップ。これが帰りには再び現金化されて……。
上手い事、これが――金の流れを有耶無耶なものに、見事変えてくれるというのであれば。
俺としては、当初の目的は完全に果たしたと言い切れる。
問題は、ここから帰るとして。
本当に、ちゃんと換金がされるのかという事と……換金に手数料のようなマージンがどの程度、発生するのか……が、正直分からないという事ではあるけれど――
周りの客たちの浮かれた様子を見る限り、あまり その心配も必要無いように思える。
もっともそれは俺たち以外の周囲の人間たちが、とんでもないセレブ達で……下七桁の金額は、端数として処理して下さいな?
と事も無げに口にするような、やんごとなき雲の上の住人達ではないという、前提もある訳だけれど。
こうなってくると、いよいよ……あの先生方が、こんな場所へ来るための招待状を持っていた理由が分からない。
……いや、そういえば。
稽古の最中で音を上げて、息を切らしてアスファルトに転がった俺に先生のおひとりが、退屈しのぎに話して下さったことを思い出していた。
なんでも中国武術……というよりも中国人というものは、喫飯というものを経ての横の繋がりを大事にするのだとかなんとか。
喫飯……これを日本人の感覚に当てはめるなら……釜の飯? いや、もっと気安い。
さしずめ――同じ皿の料理を取って食べる……くらいの感じになるのか。
毒殺の歴史も深い彼の国のこと。
それはそれで、とんでもない度胸が問われる気もしないでもないけれど。
そんな横の繋がりを大事にする お国柄。
先生方が、あの招待状を手にしたのは……案外そんな所なのか。
いや、正直――、……若干。
あの……人の良い先生方が持っていたものとしては、剣呑すぎる物に思えもするけれど。
先輩が、俺に持ち掛けてくれたビジネスとは名ばかりの――このお話。
きな臭いニオイを感じて――金属探知機くらいは突破できるものをと考えて。
またも一ノ瀬さんに、無理を聞いて戴いて。
靴の踵には、バリウムで包んだ30グラムのRDXなんてものまで用意してきたというのに……これの出番は、どうやら無さげ。
「……あ、あ……ああッ! もー辛抱堪らん! 橘ッ! 行こうぜ! まずは……モノホンはやった事ないルーレット! ルーレットから行ってみよう! 分け前は勝ち分の3割! 忘れんなよ!」
差し当っての偵察は……早くも終了らしい。
礼服の腕を取って、ヒールを鳴らして歩き出す先輩に連れられて
人の間を行き来する、給仕のバニーガールのトレイに――空になったグラスふたつを置くと、
ボールが放たれた小気味の良い音が響く、卓の方へと向かった。
* * *
街の片隅にある半地下の飲み屋。
客席数は7。
壁際にソファー席がひとつと言うしみったれた店。
中学生の俺にはあまりピンとこない、この手の業態。
調べてみても……少々、曖昧な感もある分類によるならば――スナックとでも呼ぶのだろうか?。
営業意欲の欠片も感じられないその店は、街の人の流れにも逆らうみたいな立地で、今まさに長年の業務を終えようとしているところだった。
「橘くん……すまねぇ! この恩は必ず返させて貰う!」
「恩とかどうでもいい……興味もない。時間がおしてるんだから、さっさとやる事済ませて戻ってきてくれ」
「分かってるッ! 必ず期待に応えてみせっから!」
船を降りてアポを押さえて出向くと――そいつは手渡した金を握り締めて、暑苦しく言った。
「あまり期待はしてないけれど……それじゃあ、よろしくお願いしてみようか」
柊先輩の伝手を頼りに始めた仕事だった事もあって、今日明日にでも現場をおさらばとは行かないようではあったけど――
これで当面の問題は、呆気なく片付いた……のか?。
「わ、わりィ!? 橘くん! こんなんして貰ってよ?! うちのボロい店にまで来てくれたってのに……ええっと、どうしようか……ト! トニックウォーターあったッ!? ジントニックっ! ジントニックくらいなら直ぐに出せるぜ! 親父の直伝で、これだけには自信あんだよ! せめてそれくらいは出させてくれ! な?! な!?」
「……俺もお前も……未成年だろうが」
問題から解放された喜びから……というよりも、いつも通りのズレた気の回し様。
酒棚から、猫が描かれたボトルを取ってグラスを出そうとするアホにお暇を口にしようとしたところで、スマホが鳴った。
ディスプレイの通知はメールの受信を報せるもの。
開いてみてみれば、そこにはとても……先輩から送られてきたものとは思えない。
目もチカチカするような絵文字が吹き荒れる内容で
「今夜も付き合えッ!」
と、短く。
まだ当分の間は……お役御免を仰せつかれないらしいがっかりな内容が記されていた。
(……いい加減、本気で眠い)
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