場違いな俺ら 【Picture】
肌に馴染まない、窮屈な礼服。
襟首に指を入れて、右に左に首を振っていると、街中とは違う海に冷やされた潮風が吹き抜けて行った。
現実味の無い妙な成り行き……地に足がついている気がしない。
「いよっしゃ! 行くぞ! 橘ッ! 手間かけさせた一ノ瀬共にも、礼のひとつはしてやらにゃあよ! でも、とりあえずは……何回かは様子見な? 偵察だ偵察」
俺とは対照的に意気軒昂といった感じの先輩。
彼女に尻を叩かれて、廃船と見紛うボロ船に足を向けた。
* * *
乗船タラップの側で、たむろしていた数人に止められて――手にした招待状の封筒を見せると、先へと勧められた。
タラップを上がったすぐの場所で、招待状を求められて手渡すと、ライト片手にチェックした係らしき人間に、さらに奥に進むようにと指示された。
ここまで出会う人間全員が、ひとり残らずカタギの人間には見えない。
強いられる緊張からか、先輩の顔も少し緊張気味。
先輩の腰に手を回して、先へ進もうと促してみれば――先輩が一瞬、目を丸くした。
強張っていた顔に余裕を取り戻して、笑みを浮かべる。
「これ幸いとばかりのボディタッチしてきやがって……え~ろッ♪ あいつにチクってやろうか」
こんな場所で千影の名前を出すのを控えてくれたのは有難かったけれど、
良かれと思ったエスコートに対して理不尽な仰りよう。
細く締まった腰にまわした手を引くと、今度は先輩の方から俺の腕を取ってきた。
「……ナイスだ橘。こんなところに来てんだ。パンピーのあたしらは、ちっとでも嵩を上げて――らしく振る舞わにゃあよ」
社交ダンスか、なんかのペアみたいな振る舞いが この先で擬態に役立つかどうかは分からなかったけれど、兎も角――俺たちは真っ直ぐと先に進むことにした。
先輩が先生方から巻き上げた招待状が、どういう代物なのかは知れなかったけど、途中途中に立つ係の人間たちからの、こちらを閲し見る冷たい視線に晒されることはあっても、呼び止められることは一度も無かった。
バイタルパートに取り付けるみたいな分厚い扉を潜ると、豪華な内装と調度。
そしてシミひとつない、高価そうな絨毯が敷き詰められた待合室の様な場所に――俺たちは辿り着いていた。
* * *
空港の搭乗口を思わせる、厳重なボディーチェックと手荷物検査。
想像はしていたものの……スマートフォンもスマートウォッチも、リングも纏めて取り上げられるようだった。
帰る時には返却されるらしかったけども――緊急の事態には双方の安全を確保するため、それらは電子レンジに放り込むような乱暴なやり方で、データを破壊した上で海に投げ棄てられるとのこと。
「悪しからず」
と、係の人間が告げる内容を聞かされ、客と思しき中年男性に心配するそぶりは無し。
余程、この場所のセキュリティーなり、周囲に対する根回し、体制なりに信頼がおけるのかは分からなかったけれど……。
待合室めいた その場所の様子を見回していると――視界の片隅に、暗号通貨をチップに交換してくれるコーナーの列。
一応、現金も持ってきてはいたけれど、カジノに足を踏み入れるなんて俺も初めての経験。
中で、いくら必要になるか分からない以上、軍資金は大いに越したことは無いかも知れない。
スマホを預けた後では、チップへの交換はできない。
先輩に言ってそちらへ並ぶと、大した時間もかけずに俺の番がまわってきた。
交換額を尋ねてきた係の女性の説明に依れば、当然のことながら……けれど、日本国内としては意外なことに。
帰る際にチップは しっかりと現金化することが可能とのこと。
試しに、その際に受け取ることが可能な現金から――なんらかのトラブルに巻き込まれる危険はないかと、やんわりと尋ねてみれば
「当カジノから、お客様のプライバシーが漏れることは、絶対にあり得ません」
係の女性は、抑揚の欠片もなしに言い切った。
* * *
目も眩むカジノの片隅。
併設されたカウンターでオレンジ・ジュースを2つ注文して、チップを手渡すとバーマンが短く感謝の言葉を口にする。
グラスを手に少し歩き回った後で――壁に寄りかかり
眼前で繰り広げられる悲喜交々を眺めていると、辺りをきょろきょろと見回して、先輩は嬉しそうな声。
「パ……牌九! 牌九まであるッ! ……ぜ、ぜ、ぜ……ぜってぇアレは やって帰る。うちのオヤジ共以外と……やる機会ありゃしねぇし。やべッ……ど、ど、ど……どうしよう……どうしよう橘ァ……超テンション上がって来た。なんかもう……なんだったら、今日帰ってからよ? あたし……お前に抱かれちまってもマジで良いわ」
さしずめ先輩の目にこの場所は、めくるめく夢の国にでも映るのか。
グラスのステムを握ったジュースに、先輩の興奮を映すみたいに小刻みな波紋。
喜んでくれている先輩に水を差さないよう、グラスを傾けながら、靴の爪先に視線を落とすと――少し、俺は考え込んでいた。
正直な話。
間違いなく……まっとうな場所とは言いかねる この場所のこと。
待合室で暗号通貨と、チップを交換してくれた係の女性の話を、そのまま――鵜呑みにするのは、現時点では危険に違いない訳だけど。
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